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WALL・E/ウォーリー




2009年11月19日 更新



あらすじ

29世紀の荒れ果てた地球で、たったひとり黙々と働き続けるゴミ処理ロボット、ウォーリー。
宇宙へ脱出した人間たちに置き去りにされて700年、大好きなミュージカル映画『ハロー・ドーリー!』のビデオで男女が手を握るロマンチックなシーンを見ては人恋しさを募らせていた。
そんなある日、真っ白に輝くロボット、イヴが現れ、ウォーリーはたちまち恋に落ちる。
ところが、巨大な宇宙船がイヴを連れ去ってしまい…。




制作国 :アメリカ
上映時間 :97分
日本公開日 :2008年12月5日
配給 :ウォルト・ディズニースタジオ
監督 :アンドリュー・スタント
脚本 :アンドリュー・スタント








 これはピクサー最高傑作である。

と、初めに書いてしまうと、あれだけ傑作が多いピクサー作品のそれぞれのファンがきっと異を唱えるだろう。
まるで自分が生み出したかのようにマイベストの作品について熱っぽく語りだし、その議論は夜が明けても終わらないだろう。
そのくらい、アメリカの、いや世界のマーケットとなったこのCGアニメーションスタジオが観客に与える影響は大きい。
作品の出来はもとより、かける金の高から興行収入まで大きすぎる。それにおれは2本ほど有名な作品を観ていない。
ピクサーマニアからすれば、この時点でおれに発言する資格を与えてはくれないだろう。
だが、それでも声を大にしてそう叫びたくなる力作だった。もし、次回作が「ウォーリー」を上回る出来だったら、
おれはもう一生ピクサーの新作をごたく抜きにして観続けるつもりだ。
それにしても、何もかも骨抜きになった今のハリウッドに取って代わるジャンルがCGアニメであるなど、十数年前の誰が予測できただろう?
それは年間のハリウッド映画の総興行収入の割合を見ても明らかである。
その上、よっぽどあまのじゃくな人間を除いて、昔ながらの映画を愛してきた目の厳しいシネフィルの連中をも魅了してしまった。
その中身も超一級品だったのだ。ファミリーを笑って泣かせ、映画の虫を唸らせてきたCGアニメ界の老舗(と言ってもいいだろう)ピクサー作品ではないが、おれが最後に映画館で観たのもロボット物のCGアニメ「ロボッツ」だった。
しかし、ジャンルが同じでもスタイルは全く違っている。
「ロボッツ」が人間社会をそのままロボット世界に移行させたのに対し、「ウォーリー」はあくまで純粋に機械であるラインを譲らなかった。
喋らないし、二足で歩くこともない。物語が中盤を迎えるまでセリフは一切出てこない。
なのにあれだけ感情豊かに伝わってくるのは、ロボットたちの表情にも取れる顔のパーツやちょっとした動作が最大限に生かされているからに他ならない。
「ウォーリー」の監督からすれば、「ロボットがべらべら喋らないと観客が分からないなんて面白いか?」とせせら笑ってしまう気分なのだろう。 
OPはウォーリーが荒廃した街でゴミを固めているところから始まる。その姿が実にユニークで質感もあるので観ていて飽きることはない。
ゆっくりゆっくり四角いゴミの箱を作って積み上げるウォーリー。観ていて楽しい。カメラがスゥーっと引いていく。
観客は思わず心の中で「あっ!」と叫ぶだろう。そこにはウォーリーが何百年もかけて積み上げてきたゴミのタワーがいくつも並んでいる。
そのに流れる不気味なBGM.。命令を守り続けてきた年月と孤独を観客に一発で分からせるゾッとするカット。
たった1カットに10の説明を見せるのが「ウォーリー」。

 そのウォーリーが大型宇宙船の中でイーバを探すシーン。
人間たちは浮遊するイスの機械に乗っていて、もはや歩く必要もない生活をしている。
常にモニターを見ながらお菓子を食べて蟻のように群れて移動している。
その中にウォーリーは堂々と入っていく。
おれは最初、地球から来た泥だらけの汚いウォーリーならすぐに見つかって通報されるんじゃないかと思っていた。
しかし、監督はここでも一級の皮肉を見せる。誰もウォーリーの存在に気付かないのだ。
ウォーリーは完全に視界の外で、彼らは何かが動いてるくらいにしか感じていない。
これは現代のケータイ画面を見ながら闊歩している若者ないし大人たちにそっくりなのである。
つまり、監督はここで情報に固執した現代人の視野の狭さを皮肉っている。
おれの想像の上をいく深い演出がこの映画にはいくつもでてくる。
イーバとウォーリーの恋にも触れておかねばならない。
おれはどうもこの二人(?)がNHK教育のニョッキにでてくる毛虫のカップルに見えて仕方なかったのだが、早く手(アーム?)をつなぎたいウォーリーのいじらしさと(それも伏線になっている)、
イーバがそれに気付いたときのラストたるや、一人で映画館に来ていたのを最大限に利用して泣かせてもらった。
またロボットの愛を表現するのに小道具の使い方が憎たらしいほど巧い。
特に宇宙飛行士がエアーでホバリングするのを消火器を代用して見せたのには拍手を送りたい。

 そんなロボット同士の恋愛が一つのテーマになっているのとは別に、この映画はピクサー版「猿の惑星」といっていいもうひとつのテーマがある。
おれには人間たちを待っているのは地獄としか思えないのだが、一応ハッピーエンドで終わらせたのはピクサーの流儀だろう。
あくまでも仮の設定だが終わらせ方まで仮でいいのかと少し腑に落ちない。
が、そんな些細な消化不良も古代絵から油絵まで、新人類の進化を進化を芸術手法の歴史で辿っていくEDを観ればすっかり忘れてしまう。
あれだけでも一見の価値はある出来ばえだ。
それにしても我々は子孫に「これが今の地球だよ」と胸を張って言えるだろうか。
映画を観終わった後にふと、そんな不安がよぎってしまった。
同時にこれはピクサー至上最も“孤独”な映画だ。冒頭にウォーリーの友達になるゴキブリが出てくるのだが、これまでのピクサーだったらそのゴキブリをコンビ役として宇宙船に連れて行ったはずなのだ。
それを「ウォーリー」では初めて拒んだ。そういう視点から観ても興味深いピクサー作品と言える。














2009年1月20日 MOVIX亀有にて鑑賞


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