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クローンは故郷をめざす




2010年1月18日 更新


あらすじ

近未来、宇宙ステーションで働く耕平(及川光博)は、大気圏外での作業中に事 故に遭い命を落とす。
彼は亡くなる直前に合法クローン・プロジェクトに登録しており、妻(永作博美)の強い反対にもかかわらず彼の体は再生される。
しかし 、なぜか耕平の記憶は少年時代のままよみがえり、一番つらい思い出である双子 の弟の死の場面が繰り返され…

制作国 :日本
公開 :2009年1月10日
上映時間 :110分
配給 :アグン・インク
監督・脚本 :中嶋莞爾



出演者

及川光博 石田えり 永作博美 嶋田久作 品川徹









 シアターシネマを始めてから地下鉄で行ける映画館は大方回ったのだが、この日の 「シネセゾン有楽町」という小屋は初めてだった。
おれは行ったことのない場所にはめっぽう弱く、探しているうちに10分以上余計に時間を食ってしまう。
だから余裕を持って家を15分早く出た。suicaは3000円分チャージしてある。 千代田線で日比谷まで行けば乗換えもない。
駅出口からの行き方も何度も確認。 準備は万端、のはずだった。 電車が動かない。
正確には少し進んでは止まり、また少し進んでは止まるという 牛歩状態。
どうやら整備事故があったらしく、アナウンスがしきりに謝っている 。止まった電車内で会社に電話して事情を話す人が出てきた。
仕事なら融通は利くが、映画は待ってくれない。おれは地団太を踏みながらじっとこらえ、もし間 に合わなかったときの為の映画まで検索した(これが意外と面白そうなので近々 本当に観に行くかもしれない)。
  しかし、今回の映画がそこまで観たい映画なのかと聞かれると「まあ、観たいほ う」くらいのものだったので、戻って日比谷線に乗り換えることもしなかった。
電車は停車と運転を繰り返し、何とか日比谷まで辿り着いた。上映時間まで7分 を切っていた。ぎりぎり間に合う時間である。
おれは意地になって息を切らせな がら映画館に入り、むさくるしいジャンパーと上着を脱いだ。
額から鼻にかけて 汗がつたうのを感じた。思わずスクリーンを睨みつけた。
「こんなしんどい思いしてまで観るほどの映画なんか?」 上映後、おれはこの映画に間に合ったことを心から神様に感謝した。
もしも、こ の「クローンは故郷をめざす」が観れなければ、おれは一生後悔していただろう 。

 今のところ、今年の邦画新作のベストワンである。おそらく年内にこれを上回る日本映画はないだろう。
これまで外国がやってきて日本が真似できなかったこと にようやく追いついた感じがする。
それでいて作品自体はちゃんと日本映画になっている。「おくりびと」ではそのオリジナリティーに感心したが、それはあくまでも「脚本」のオリジナル。「画面」。
目で見る新しさを感じさせるのはシアターシネマで観た映画の中ではこれだけだった。
 宇宙ステーションと、時代にそぐわない田舎の風景の往復。BGMはほとんど流れず、セリフも極力少ない。
ストーリーもシンプルすぎるくらいシンプル。1カット1 カットをゆっくり時間をかけながら見せていく。2時間近いこの作品。
おれはア ニメ映画の「銀河鉄道の夜」を観た淀川さんと同じ気持ちになってしまった。
「こんな静かな映画をよくもスタッフ全員がなんの疑うこと(興業のこと)もな く作ったものだ」と感心したのだ。
  もちろん、それにはエグゼクティブ・プロデューサーという名目で関わっている 巨匠監督ヴィム・ヴェンダースの存在が大きい。
どういう経緯かは定かではない が、ヴェンダースが本作の監督の才能を発掘し、公開までこぎつけたらしい。
彼のビックネームがなければ赤字は間違いないであろうこの邦画は企画さえ通らな かっただろう。
おれはヴェンダースに心から感謝する。 とにかく日本が興業のことを意識しない外国に対抗しうる真の芸術映画に辿り着 けた功績は大きい。
これは過大評価ではない。映画を観ている間中、おれの頭の 中ではタルコフスキー映画の水のシーンが浮かんでいた。
優れた映画は擬似映画体験とでも呼ぶべき現象を引き起こすことがある(本当である)。
 ある作品を観ているときに、別の映画のシーンを思い出しているのだ。
本作の監督は「惑星ソ ラリス」等の影響を間違いなく受けているが、それは全く新しく画面の中で生ま れ変わり、単純に言葉では済まされない領域に達している。
 また、この純然たる和製SF映画にはCGはほとんど使われていない。近未来を描き ながらソクーロフの「太陽」のように背景描写にはこだわらず、無機質な建物と 似つかわしくない田舎の風景が繰り返される。
そこを行き来するクローン。現在 と過去。生と死。もったいぶった説明はなく、淡々と時は流れてゆく。
そこに対 称はなく、宇宙もビルも木々も川も雨も地続きになってることが分かる。画面で それを説明する上手さ。
エレメンタルな存在を日本の風景に求めた監督に感謝し たい。この国がまだこんなに美しかったなんて誰が思うだろう?今後の邦画芸術作品にもこれだけのロケ地があれば期待できる。
 人間描写も美しい。双子と母の愛は声を荒げることがなくとも、その仕草一つ、 唇の震え一つで十分伝わってくる。
その静かなこと。優しいこと。BGMを多用しな がら、子供の頬をバシン!と叩いて最後に抱きしめて終わるような親子愛ドラマはこの映画を見習いなさい。
これこそ本当のヒューマニズム。心の映画。笹舟が 流れる川が銀河となり、死んでしまった主人公がクローンとして辿る野道となる 。
 そしてその道は故郷に続いている。 そしてこれは絶対映画館で観なければならない映画だ。
物語よりもカメラよりも 、音。音の繊細さ。どこに音が入るかでなく、どこに音が入らないか。
静寂。し ーん・・・そう、この映画は無音から体感する映画体験であった。
無音が音を染み入らせ、音が無音を盛り上げる。映画とはこれほど「音」が大事だったのかと 驚かせる傑作。














2009年2月6日 シネカノン有楽町にて鑑賞


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