しんぼる






2009年11月28日 更新



あらすじ

メキシコのとある町。妻子と父と暮らすプロレスラー“エスカルゴマン”は、
いつもと変わらぬ朝を迎えていた。
しかしその日、妻は彼の様子がいつもとは違うことを感じていた。
それは今日の対戦相手が、若くて過激なレスラーだということだけでなく、何かが起こりそうな妙な胸騒ぎを感じていたからだった。
一方、奇妙な水玉のパジャマを着た男は、目を覚ますと四方を白い壁に囲まれた部屋に閉じ込められていた。
ここがどこなのか、どうして連れてこられたのか…。見当もつかないまま、とりあえず出口を探し始めた彼は、壁に“あるもの”を見つけ…!?

制作国 :日本
公開日 :2009年9月12日
上映時間 :93分
配給 :松竹
監督 :松本人志
脚本 :松本人志 高須光聖

出演者

松本人志











■ ニクロ

 今回は松本人志の第二回監督作品「しんぼる」です。
俺は松本人志という人の笑いは尊敬していて、コントやトークの司会を見てもやはり頭一つ抜けている。
ただ彼は不器用さに足をかけた人であるとも思ってるんですよ。
色々マルチに活動してはいますよね、エッセイとか挿絵とか。
「自分はゴッホの生まれ変わりだと思うときがある」と自著の中で言ったりしてるんですけど、松本の描く絵はいわゆる下手うまなんですよ。
それは絵画と比べると素人絵なんだけど、本人は胸を張って、おれは絵が分かると言っているようなところがあったり、「遺書」
の中で「政治家なんて俺でも出来る」なんてことを言ってるんだけど、「放送室」で政治の話になると、よく分かってないのに喋ってるってのが分かるんですよね。
他のことも平均以上は見せてくれるけど、結局笑いが一番カドが立ってるというか。
今回の映画も同じようなことが言えて、まあ不器用というより映画自体に魅力がないんですよね。
 この映画は解釈が大きなポイントになってて、そこに賛否が行き交ってる感じですけど、例えば自分の解釈が否定されても別にムキになれないんですよね。
なんでそんなあっさりした気持ちになっちゃうかというと、映画本来の持つ複雑さに負けてるから。
様々な解釈を生むにも、小道具だったり、役者の演技、背景、照明、カメラワークなんかがメッセージしているところを観客が受け取って初めて他の意見と討論出来るんですけど、この映画は本当に表面的なことしかやってない。
 ただその表面的なことを、あまりにも距離を離してやってるから想像力を使うものなんだと勘違いしてる人が結構いて、これが分かるか分からないかの前に一本の映画として薄っぺらいんですよね。
これはいつも松本がやってることで今回も構造だけで映画を作っちゃったんですよね。
結局松本って長いもの撮れない人なんですよ、テレビコントが限界で。
彼の作るものの一番の面白さはシチュエーションであって、「ビジュアルバム」
だったり、「頭頭」とか「ごっつ」も含めて短いものはそれでいいんですよ。
ただ映画の暗闇で二時間それをやりきるのにあまりにもパワーがないんですよね。
前作「大日本人」
は構造プラスやりたかったことも含めてカメラもまあまあいい動きをしている。
それに比べると「しんぼる」は(カメラで魅せる映画でないにしても)ホントに構造だけでやろうとして失敗している。
だから俺は「大日本人」より点が辛くなってしまう。






■ ハイジン

 俺も大方は同意見というか、一言で言えばワンアイデアで押し切っているんですよ。
でもそれだけで90分やるのはやっぱり無理なんですよね。
だからさっき言ってたような討論するに値しないということになってしまうんだけど、これはもう「松本の映画」というジャンル付けにしか出来ないというか、映画的な見方を抜きにして観るもんだと思うんですよ。
一番象徴的だったのがキネ旬で全員がこの映画に最低点をつけていて、その隣に置いてあった「マンスリー吉本」では吉本芸人が全員絶賛している。
一つの映画の両極端の批評が載っている雑誌が書店に並ぶっていうのは松本にしか出来ないことなんですよね。
例え吉本の雑誌でも少しくらいの否は絶対に出てくると思うんですよ。
ただそこに書かれている4,5人の芸人の批評では全員が手放しで褒めている。
松本というポジションが、そうならざるを得ない状況を作っているというか、松本が白と言ったら白になるような、全く別の位置にいる。面白い面白くないでなく、松本が作ったものは面白いんだ、という洗脳に近い現象が起きてるんですよ。






■ ニクロ

これは他の芸人含め日本国民すらも無意識にある。






■ ハイジン

結局90年代に一番祭り上げられた存在にされてしまった感はあるんですよね。
ダウンタウンの名前を出すと、笑いが分かってるな、という風潮を全部引き受けてしまった。
松本の笑いというのは隙間から異空間に一気に飛ぶような笑いなんですよね。
非日常的なグロテスクやシュールというところに笑いを結びつけたものを、年配の人は分からなくても当時の若い人たちはこれが面白いんだという、ピカソのように分かんない人が見たら分かんないけど、分かる人には分かるものを作り上げた。
だから松本の作るものは是が非でも賞賛を最初から約束されているポジションにいると思うんです。






■ ニクロ

具体的に今回の「しんぼる」については?






■ ハイジン

映画的に観たときのある程度のアラは仕方ないものだと思うけど・・・






■ ニクロ

 うーん、おれは前作の「大日本人」もヒーロー物のアンチテーゼというか、ヒーローの裏側、臭い部分を描くという構造から始まってて、ただやっぱりそうすると映画は体力が持たないんですよね。
じゃあ他の映画監督、ホンモノの芸術家はどうやって持続するかというと、伏線や細部で言いたい事を散りばめてくれる。
松本はそれをすごく分かりやすいところに置いてくれるから余計に薄っぺらく感じてしまう。
俺、「しんぼる」はアレハンドロ・ゴンザレス・イリャニトゥ監督の「バベル」と同じような話かと思ったんです。
あれはアクションが国境を越えて連鎖してまた新たなアクションを生んでいくという話で、「しんぼる」は白い部屋の箸や寿司や壺なんかのアイテムを組み合わせて次の展開を紡いでゆく。
これはどちらも足し算の物語なんですね。ただ比べるものでないかもしれないけど、圧倒的に「バベル」に負けてますね。
まあ「バベル」も失敗作だけど、それより下です。
何より観終わった後の物足りなさがすごい。ギャグだとしても「バベル」のシークエンスに比べて奥行きが全然ないんですね。
松本はあんまりスタッフと仲良くないんじゃないですか。こういうこと言いたいからこのシーンはこういう感じで撮りたいというのを、あまり話してない気がする。
結局、映画とテレビの人が混ざって作ったんだなあって感じなんです。
気心知れたテレビコントのスタッフとやれば意図しない面白さがあったかもしれないと思ったりするんですが。






■ ハイジン

「バベル」のような高尚な映画に対するアンチテーゼという解釈も出来るけどね。






■ ニクロ

うーん(苦笑)






 電脳BOY

何ですかね、この映画(笑) おれはどっちに転がってもいいような作り方をしているな、と思った。
深読みもいいし、流して観てもいいし。






■ ハイジン

薄っぺらさ、ワンアイデアで押し通すというところに意味があるというか。






■ ニクロ

その出発点でおれはもう限界見えてるんやけどね。笑いのための構造か、構造のための笑いか。






■ ハイジン

メキシコパートをちゃんと映画映画して作って、部屋でルーレット的に色んなものが出てきて最後に二つがつながるというそれだけでやろうというところは何となく評価できるけどね。
あれを三時間でやればもっと良かったんじゃないですか。全篇フリだから。






■ ニクロ

結局、構造ですよね。松本の笑いは。






■ ハイジン

似たようシチュレーションがビジュアルバムにもあって、ヤクザがココリコ遠藤を殴ったら尻から色んなものが出てくるってコントもあるんですね。
でも、やっぱり「しんぼる」はもっと長いほうが(フリが効いて)いいんじゃないかと思った。
それを映画でやってしまうということの面白みというか。






■ ニクロ

でもこの映画が深い深いっていってるのはズレてるよね。
点と点が離れすぎてるからそれを想像力で補完しているだけであって、それを深いというのは違うなあ。
浅広いんですよ。パンフには「ホッチキスで指を挟んだならそれはホッチキス工場から始まってる」みたいな文句があったらしいけど。






■ ハイジン

バタフライ・エフェクトみたいなことかな。でもラストの神になるようなシーンは蛇足だと思う。
あれがなかったら映画じゃないけど、松本が浮いていくところからビックリするくらい面白くない。








「しんぼる」はコメディ映画か?








■ 電脳BOY

どうでしたか? 映画館の反応は。






■ ニクロ

2、3、笑い声が上がってたかな。






■ 電脳BOY

俺は凄く疎外感を感じたんですよ。周りがやたら笑ってて。人によって感性が違うんだなあと思った。






■ ニクロ

今回の笑いはベタベタというか、基本松本のリアクション芸になってて、それもあまり幅がないから。






■ 電脳BOY

長いんですよね。(小ネタの)オチも見えてるし。






■ ニクロ

一番笑えたのが便所のすっぽんみたいなので壁に引っ付いて浮いてる鍵を取ろうとするところで、誤って鍵をすっぽんでかき消してしまって「あ、違うわ」って小さく呟くところ。
あの瞬間だけ画面が生きてるんですよね。笑いとして運動している。






■ ハイジン

俺は閉じ込められた後の部屋の回想が哀愁があって面白かった。あそこは笑ったね。






■ ニクロ

でも記号としてネタを配置してんのか、本気で笑かしにいってるのかよく分かんないんですよね。






■ 電脳BOY

コメディ映画ではないよね(笑)






■ ニクロ

 あれが全力ではもちろんないやろうけど(笑) でも今吉本の芸人が映画を撮ってるよね。
大した評価ではないけど、松本も含めてみんな戦略で映画を撮ろうとしていて、自分の経験でもって映画を撮ろうとする人があんまりいないんですよね。
たけしと松本の最大の違いはそこだと思う。たけしは経験したことを映画に取り込むから観ていて惹き込まれるし、品川の「ドロップ」も、俺は観てないけど、経験したことをそのまま映画にしてるから平均点以上はあるんだろうなあと思える。
やっぱり二時間そこらやろうと思うと元々持ってないとキツいね。






■ ハイジン

でもこれは実験映画ではないですよね。それとは真反対の穿った正攻法でもって撮られてると思うんですよ。
何も挑戦はしていなくて。






■ ニクロ

手の平に収まってる感じはした。
大日本人は手の平広げすぎて着地に失敗してるけど、色んなことをやろうとした分考える余韻があるからまだ評価できるな。






■ ハイジン

「大日本人」は擬似ドキュメンタリーの崩壊ですよね。
ラストでテーブルクロスを引いて、それまでの作品の構造を壊すという。






■ ニクロ

「大日本人」はそのオチだけで終わらない部分はあるけど、「しんぼる」はそこだけなんですよね。






■ ハイジン

蛇足な部分を付け加えて何とか完成している。






■ ニクロ

ちゃんと着地してるんだけど、あまりにも小さいというか・・・1800円払ってこれなんかい!(笑) ってところでね。
そういう裏切りだけで納得できる客ならええけど、世の中には1800円払ったらもっと根性ある映画も観れるワケやから。








発想と観客の距離








■ ハイジン

松本の頭の中が映画になっても変わっていないから、大きい箱の中=映画、で小さいことをやってるよね。






■ ニクロ

 スケールじゃなくて発想ね。松本って人とはこんなに違う考え方を持ってるんだということを言いたくて仕方ない人なんだと思う。
本人も発想が一番大事って言ってるし。で、発想だけで本人はいいから画面の手前しか気にしない。
別に「しんぼる」がすごい照明や録音で撮られたからって良くなる映画ではないんやけど、スタッフの力の抜け方が「しんぼる」はハッキリ見えちゃってるんですよね。
白い部屋で松本が壁から出てる天使のおちんちんを「んっ?」って見て手前にピン送りされる、あれ見た瞬間に「あ、つまんなそうだな」って思っちゃう。
ものすごくしょっぱいカメラワークなんですよね。悪く言えばテレビ的なんですよ。
俺、「大日本人」のカメラは好きなんよね。手ブレのハンディ撮影が企画意図に合ってて。






■ 電脳BOY

「しんぼる」は海外を意識してるって言ってたけど。
おならとか子供まで分かるようなすごいベタな感じで。(笑)
意識してるんが分かっちゃって面白くなかったな。






■ ハイジン

発想は突き放すものなのに、内容が観客に寄り添っちゃってるんですよね。
まだテレビコントのときのほうが突き放してたのに。






■ ニクロ

 日テレでやってた松本原案の「伝説の教師」ってドラマあったじゃないですか。
俺、あれは好きだったんですよね。
松本の主張がモロに出てて、世の中の子供と大人のおかしいと思ってることを毎回一つ出して、それを一時間やってたんやけど、それはちゃんとしてて面白いんですよ。
ワンアイデアを松本が出して、それを監督や脚本家が起承転結あるものにしてるから、安定してるし、松本が言いたいことも伝わってくる。
だけど、そういった定型を松本は拒むところがあるっていうか、常にアンチでものをつくろうとしているというか。






■ ハイジン

 それって一番興行映画には向いてないんですよね(笑) そういう目線でもって作ってるのに、百何十スクリーンで公開という商業的なことになってしまう。
その辺りがすごくごちゃごちゃしているんですよ。「頭頭」は映画という規模でないからこそ好き勝手やって突き放して作れるんだけど、映画になったら全くコントロール出来てない。
帯に短し襷に長しじゃないけど違うトコが短くて変なトコが長くてみたいな。
客に寄っちゃうと駄目なんですよね。(北野)たけしの「BROTHER」みたいに。
これに1800円払わせたのが一番面白かったりするんですけどね(笑)






■ ニクロ

そういうのを見て一番可笑しいのは監督かも知れないですね(笑) では今日はこの辺で。



一覧に戻る