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最終兵器彼女






2009年12月25日 更新



あらすじ

内気な少女・ちせと心優しい青年・シュウジは同じ高校に通うクラスメイト。
ちせの告白をきっかけにふたりは交際を始める。
その日、シュウジは街でちせへのプレゼントを買っていた。
だが、幸せな時間は突如終わりを告げる。
上空に無数の爆撃機が飛来、街を破壊し始めたのだ。
逃げ惑う人々の中、足を痛めてしまうシュウジ。
その時、鋼鉄の翼を生やした少女が舞い降り、間一髪シュウジを救う。
それは人間兵器に変わり果てたちせの姿だった・・・。




著者 :高橋しん
発行 :小学館
連載 :週刊ビックコミックスピリッツ 2000年第4・5合併号〜2001年第48号
単行本 :全7巻















■ ハイジン

 それでは、始めていきます。
この「最終兵器彼女」は、2000年から2001年にかけてビックコミックスピリッツで連載されていた漫画なんですけれども、俺は結構、この漫画は今のカルチャーシーンの一つのターニングポイントになっている漫画だと思っているんですね。
それは、時代というか、世相を反映している漫画だと思っていて。
それは、最終巻のあとがきで911テロ事件について触れていたんですけど、そういった戦争が作品に盛り込まれていたから、という事ではないんですね。
たしかに、戦争に対しての反戦歌だ、という事を言ってる人も居るとは思うんですけど、そうゆう思惑を作者が思っていない、とも思わなくて、そうゆう意味を少なからずはあったと思うんですけど、ただ、俺はやっぱり「戦争」というものは、この漫画の舞台装置でしかなくって、戦争によってより「恋」が引き立てられる。
その為の役割としか思っていないんですね。






■ ニクロ

それは俺も同感ですね。






■ ハイジン

 それで、世相を反映しているというのは、いわゆる現在にも流れるヲタク文化。アニメ、漫画だとかいう、そういった所の世界というか、カルチャーを盛り込んでいる作品だと思うんですね。
読んでいて俺は、これは今までに凡百と言われて来ている事なんですけど、やっぱり、エヴァンゲリオンの傘下にある作品だと思っているんですね。
世間で言われる、いわゆる第三次アニメブーム以降、エヴァ以降に産まれて来た作品の一つで、俺もエヴァは個人的に好きなんで、色々とエヴァと対比させて読める所があったんですが、エヴァの世界と共通出来る事の一つとして、「世界の謎」と「個人の謎」というモノを主題として扱っていると思うんですね。
エヴァにおける「世界の謎」というものは、「使徒」というわからない怪物が襲来して来る、何を目的にやって来るかもわからない、ただ、来るという前提の世界が、エヴァにおける「世界の謎」で、これは最終兵器彼女における何処の国と戦っているかも、どういった状態なのかわからない「戦争」が前提にある世界になるんですね。
この「世界の謎」が作品を覆っているんですが、「個人の謎」が作品の中核に位置していて、エヴァの中の「個人の謎」は、シンジ君が「エヴァに乗る理由」。
「僕は何故、エヴァに乗らなくちゃいけないんだ?」というのが、「個人の謎」で、これはまんま、最終兵器彼女のシュウジが戦争に駆り出される、ちせに対して「俺はちせに何をしてあげたらいいんだ?」という悩みが、最終兵器彼女の「個人の謎」で、「世界の謎」に覆われた中に、主人公の「個人の謎」が存在する、そしてそれを主題に進めていくのが、この二つの共通点にあたるんですね。
 ただ、シンジ君がエヴァに乗る事で、父親に認められる事、すなわち一人の男としての社会的地位の獲得、自己実現を目指しているのに対して、シュウジは彼女であるちせに全てを託しているんですね。
シュウジってのは、「個人の謎」を背負っているのにも関わらず、それって、全てちせが背負っているんですね。
ようは、シュウジってのは、ちせを「守る」か「守らないか」以前に、参加してすらいないんですね。「世界の謎」に対して。
これって、あの「恋愛」というフィルターをかけているから、凄く純愛な、いい話に見えるけども、結構、卑怯な物語だと思うんですよね。
 シュウジの持つ「個人の謎」というのは、最後まで貫かれていて、「俺はちせに対してどう接すればいいのか?」「何をしてあげればいいのか?」と、悩み続けるんだけど、シュウジが出した答えは「ちせと一緒に居よう」と、結論付けるわけで、この答えで、俺は去勢された男の物語だとこの作品を結論づけたんですよ。






■ ニクロ

「ちせと一緒に居てやろう」ってのは、シュウジの成長であり、決意じゃないですか。
そこで、去勢されたってのが、いきなりポンッと出たからちょっと、わからなかったんですけど。






■ ハイジン

 冒頭に言った、アニメであったり、ゲームであったりする、そういったヲタク文化を象徴する作品だと俺が思ったのは、嫌な事に対して、目を向き合ってやり遂げるのではなくて、ちせの側にいてやるんだ、ってそれを決意したら、その時点で主人公のシュウジは、ちせからの全肯定を受け入れられるわけなんですよ。
いわゆる、男が戦場に行って、女がその帰りを待つ、という古い戦争のそうゆう話ではなくって、戦争に行っている彼女を見守っている、傷ついている彼女に逢いに行ったら、男は彼女からの全肯定を貰えるんですよ。
その構造っていうのは、まんま漫画やアニメに逃げる、ヲタクの行動と一緒なんですよ。






■ ニクロ

ゲームやアニメに逃げるヲタク?






■ ハイジン

象徴的な話ですけど、現実世界から目を背けて。






■ ニクロ

 ああ、現実世界から、そっち(ゲーム・アニメ)に逃げるね。でも、現実世界と戦争という危機感はちょっと、違うんじゃないですかね。
そこに置いて、結局、現実の男達は成長を見ないのであって。
アニメ文化を、ちせと同列で見るのであるのならば、ちせが単純に癒すだけの存在みたいな、そうゆう所になっちゃうじゃないですか。今の話だと。






■ ハイジン

 癒すだけの存在という、そうゆう話ではないんですけど、結局、シュウジってのは何もしていないんですね。
戦場に行って戦っているわけでもなくて、人を殺す事を全てちせに任せていて、それでいて最終的に一緒になって終わるってのは、卑怯な物語ではないかと思ったんですね。






■ ニクロ

ホント、全否定ですね(笑) そこまで言い切っちゃうと。






■ ハイジン

これは、結構、記号的な考えなんですけど、そうゆうヲタクというモノを記号として見た時に、現実の世界の女性から逃げて、アニメやゲームの女性の方に行く、という見方は出来るじゃないですか。






■ 電脳BOY

でも、スケールはだいぶ違うからね。






■ ニクロ

 象徴するにしても、ちょっとズレてる気がするんですけどね。
その、本当に記号的に見るというのは、テレビの向こうで、ちせが戦っていて、シュウジが傍観してて、仮にこっちがシュウジのモノローグを見れない側だとしたら、そうゆう風に見えちゃうのかもしれないけど、漫画というのは、そうゆうのを全部伝えてくれるわけで。
やっぱり、それによって、ちせも成長するし、シュウジも成長するし。
その成長によって、お互いの行動が色んな所に波状していって、ああいう結末を迎えちゃう、という話だと思うから。
 だから、シュウジが立場的に何もしなかった、というのは、俺はハッキリ言って、全然、違うというか、真逆だと思うんですよね。
戦場に居るわけでもないし、ちせの為に誰かを殺すわけでもない、けども、そこに居るだけで、ちせの為にどういった言葉をかけてやればいいか、悩む、考えるだけで、ちせ自身がそれを受け取って成長してくれるから、6巻辺りの逃避行も絶対今までちせが、いかなかった所まで心動かされるわけじゃないですか。
あの辺は、ホントにヒューマンドラマだな、と俺は思ったんですけどね。






■ ハイジン

 でも、要としてあるものは、「俺はちせに対してどんな言葉をかけてあげられるのか?」「何をしてあげられるのか?」という事を、繰り返し言うわけじゃないですか。
それは、最後の最後まで悩み続けるんだけど、最終話の前の話で、あれが実質的な終わりだと思うんですけど、2、3日後に世界は終わる、という事をちせが書き残していて、いよいよ世界が終わるぞ、という時に、シュウジは再び「何をしてあげられるんだ?」と言って、最初は、父親と母親が居る家に行くんですね。
これは、まず現実世界に目を向けた行動だと俺は思ったんですよ。
で、二人が生きているのを確認した後で、「俺、行くよ」と言って、今度はちせの元に行くんですね。
「何が出来る?」って問いに、泣きながら「俺に出来る事は、ちせを想う事だ」という所で、この話は終わるんですけど、それって単純に女の子にすがってるだけじゃないかと、俺は解釈したんですね。
ヲタク文化にまつわる話の中で、そうゆうモノ(アニメ・ゲーム)にすがる事が、完全勝利した漫画だと解釈したんですけどね。






■ ニクロ

俺は、それだけを聞いて、「この漫画面白いよ」と言われても、凄いつまんなさそうなんですけど。






■ ハイジン

 だから、アニメやゲームに逃げる行為の、全肯定ですよ。
「お前らがやってる事、別にいいぞ!」という。
「そこに逃げたら、可愛い女の子があなたを待っている!」というような。
だってその先に待っているものは、絶対的な承認じゃないですか。
その二人は結ばれているわけだから。そこで、傷つく事はないわけだから。






■ ニクロ

 それは、途中の経過を全て見ずに、最初と最後だけ見たら、確かにそうゆう解釈もあると思うんですけどね。
あの、最初と最後のシュウジでは、顔つきから、心構えまで変わってるわけじゃないですか。
 ちせが戦場に赴いて、で、離れている間にも、お互いに葛藤があって、その浮気があって、でもそうゆうのを、一周して、乗り越えて、で、最後、戻って来た時に、それが、シュウジがちせにすがってるとは、俺は思えないんですね。
こうゆう事言うと、俺が凄い臭くなっちゃって、モヤッとするんですけど。
俺はね、ちょっとそうゆう所は、感じたから。読んでて。
だから、そうゆうもんだ!と言われたら、凄いつまんない作品みたいな。






■ ハイジン

まだ、真逆だったら、全然、話は変わるわけなんですよ。戦場に行くのが男だったら。
「最終兵器彼氏」だったら。






■ 電脳BOY

いやぁ(笑)






■ ハイジン

 戦場に行くのは女の子で、それをただ傍観している男で。もちろん、傷つくのは女の子だけだし。
そこで、傷ついている彼女の所に行けば、主人公にとっては幸せしかない、という構造は、「こりゃ去勢されてんな」ってのが、俺の思った最終的な結論なんですね。








シュウジはヲタクの写し鏡か?








■ ニクロ

去勢されてるって、さっきから言ってるけど、ピンと来るようでよくわかんないんやけど。
ふぬけてるって事ですかね?






■ ハイジン

まあ、アニメ・ゲームにすがる事の・・・






■ ニクロ

なんで、ちせがアニメ・ゲームの対象に?






■ 電脳BOY

比べるのがね。






■ ニクロ

 ハイジンがそこで、比べたいって入ってるんやったら、そっからその構図は絶対に離れへんのんやろうけど。
元々、そういった構図として思ってない人が多いと思うんですね。
で、そうゆう事を、作者が意図してたかは知らへんけど、そっから汲み取れる事ってあんまりないんですね。






■ ハイジン

 だから、俺がこの作品から汲み取った事は、冒頭でこの作品が時代のターニングポイントになったって言ってたのは、何度も言ってるように、ヲタクのやる事全てに対する全肯定だと。
「お前ら(ヲタク)がやってる事、それでいいぞ!」という女の子(ヲタク文化)にすがる事の完全勝利だと思ってるんですね。






■ ニクロ

7巻かけてそれ(笑)






■ 電脳BOY

いやあ、それは・・・どうですかね。






■ ハイジン

この物語の構造を、逆に聞きたいんですけどね。






■ ニクロ

構造は、さっきハイジンが言った恋愛。






■ 電脳BOY

恋愛が主体なんですよね。






■ ニクロ

それに、背景として戦争が。






■ 電脳BOY

まあ、スケールがデカくなったような。






■ ニクロ

 メインは二人の気持ち、という所じゃないですか。
で、あの二人がしている恋愛というのは、戦争下の恋愛というよりは、普通の、一般の人がしているような恋愛で、その繊細さと、その背景にある巨大さのギャップが俺は凄い面白いんですね。
それで、戦争に左右されるんだけど、左右されている中でも、この二人は俺達から観てあまり特別な二人じゃないんですね。
その距離感が構造にあると思うんですよ。本当に、戦争下における恋愛モノを描こうと思ったら、あんな二人にはなんないと思うんですね。
だから、あえて戦争をボカして、ああいう状態ではあるんだけど、本当に真摯に描きたいのは、ごく普通のカップルが触れ合いたいと思ったりする凄い純情な所を、背景に大きな力が囲ってる所が凄い大事だと俺は思うんですね。






■ ハイジン

 それは、物語の構造の上では、冒頭言ったように、戦争という舞台装置は機能しているし、それだからこそ、「純愛」というものが、より引き立つ事になる、というのは解るんですけど、ココで問題点として俺が挙げたいのは、彼女が戦争に行っている、という状況だと思うんですね。
本来なら、冬美先輩という夫が自衛隊で戦争に行っていて、というのが男的な話としてはあるんですけど、そこで、彼女が戦争に行っている、という状況こそが話のミソになるのだと思うんです。






■ ニクロ

それは、面白いと思う俺は。もちろん。そうゆう、描かれ方をしたというのは。






■ 電脳BOY

腰抜けという感じではないんよね、ハイジンの言う。どうしようもないからね(笑)






■ ハイジン

 腰抜けというのは、かなり悪い言い方をしたけれど、俺はそこは凄く面白いと認めてるんですよ。
男が気張って、勝って、彼女に逢う、のではなくって、全て彼女に委ねていて、全て認めさせて貰う所を肯定しているからこそ、 全く新たな時代のターニングポイントになったんだろうなと。






■ ニクロ

でも、シュウジが自衛隊に行かない所って、なんか明確な描かれ方ってしてたっけ?






■ 電脳BOY

描かれてはいないですね。






■ ニクロ

 俺はたぶん、そこは、アツシが自分の好きな子を守るっ為に自衛隊入るって言って、その事と、ちせと付き合って、同級生の誰よりも、戦争というものを軽く体験して、ちょっと恐怖で行けなかった所はあると思うんですよ。
ちせに殺されるという夢も見ているわけやし。だから、俺は自衛隊に行かないって事も、臆病ではなくて、それも凄い繊細な恋愛というか、難しい事やと思うんですね。
そうゆう所が産んでる関係やから、どうしようもないヤツとは思わない。すごい真剣的な悩みやと思う。






■ ハイジン

別にどうしようもないヤツとは思ってないよ。むしろ、この構造はちょっと凄いな、と思うくらい。
この漫画凄いなって。






■ 電脳BOY

でも、ヲタクと比べるのはちょっと違うな。アレじゃないですか、女の人が働いて、男が家庭をという。
そっちと例えるのは解るんですけど。






■ ニクロ

 シュウジも一応、体育会系の設定やからね、一応。エヴァのシンジくんはいかにもそうやんか。
「僕はダメだ」とか普段から言ってて。で、メリハリやんか。可愛らしい感じというか、男としては。
ちょっと、引っ込み事案な所もあるけど、それがたぶん、他のヤツらよりナヨってるって事はないと思うんですよね。






■ ハイジン

あの、別にキャラクターの内面での話ではないんですよ。






■ ニクロ

そうゆうの全部、抜きにしてヲタクの象徴だと。






■ ハイジン

 物語の構造が記号としてね。だから、エヴァ以降のアニメブームに対する答えだと。
秋葉原じゃないけど、そうゆうヲタクブームに対するアンサーとしてね。
女の子が戦場に行って、それを見守る男、しかも男は体育会系でガッチリした設定で、対するは背の低いか弱い女の子。
これってもう、一歩間違えたら、一つのギャルゲーって事じゃないですか。まあ、間違えなくともそうなんですけど。
そうゆう読み方をしないと、読み解けない作品だと思うんですね。






■ ニクロ

俺は、そうゆうのうんぬん抜きにして、一つの恋の話として読んでいるんですけどね。






■ 電脳BOY

大半の人がそう(笑)






■ ハイジン

恋の話ではあるんですよ。間違いなく。
でも、意図している所は、女の子に守って貰うって事ですから。






■ 電脳BOY

守って貰うというか・・・まあ。






■ ニクロ

 ちせは、シュウジ一人を、守る為に戦ってるわけやないやんか。
ようは、他の人が死んだらイヤやから兵器として仕事をこなす、殺す事も、全て「お仕事」って言葉に置き換えてやるわけやんか。
シュウジ一人を守るって為に、やってるんやったら、ハイジンの言ってる事も当てはまりそうなんやけど、決してそうゆう風な描かれ方をしていないからね。






■ ハイジン

 もちろん、シュウジ一人の為に戦ってるという事はないけれど、でも、最後は二人だけの世界になったわけじゃないですか。
シュウジはちせの元に行けば、安心と快楽しかないわけですから。






■ 電脳BOY

安心と快楽はあるか?(笑)






■ ニクロ

 ヲタクでいう所のゲームによる安心と快楽という感情ではないと思うんですよね。
もちろん、象徴って事を言いたいんやろうけど、それにしてもあまりにも感情が違い過ぎる気がするんですよ。
今までの過程における恋愛における葛藤、心理描写、不倫、で、更にそこから結びついて夫婦になるっていう、そうゆう切磋琢磨を抜いた話にすると、確かに解るんやけど、そうゆう所が見えないとこの作品って面白くない気もするんですよね。






■ ハイジン

でも、出発点の時点からこの構造はしっかりと見えてるわけじゃないですか。






■ ニクロ

まず、その構造に俺は否定的なんやけどね。仮にそうやとしても、それよりももっと語る事がある作品やと思うんですよ。






■ ハイジン

だから、その縮図を作品の中に込めた所に、時代のターニングポイントであり、一種の傑作であるな、と感心したんですよ。








恋をすることの意味








■ ニクロ

 俺はね、「僕たちは恋をしていく」というキーワードが、最初と最後で言葉の意味が違っている所が、凄く印象深かったんですね。
本当に、第一話の「僕たちは恋をしていく」という、モノローグでは、アレは言ったら少女漫画みたいな。
なんか、取って付けたような台詞というか。深みは感じないんですよね、あの時点では。
「二人のギャップを乗り越えようぜ!」 というような、凄い低いハードルなんですね。
それが、二話で彼女が最終兵器って事が解って、二人にとって障害がとんでもなく増えていくわけなんですね。
 で、その障害を一つ一つ乗り越えようとするんだけど、乗り越えられない事の方が圧倒的に多くて、一回突き放すんですねお互いを。
お互いに傷つかないように、っていう優しさも含めて、自分達が傷つかないように、っていう利口的な所も含めて、離れるわけですよ、あの二人は。
ただ、そこから結構、くっ付いたり、離れたりが多いんやけど、最終的に6巻で二人が、愛の逃避行に行く所が、一つの区切りやと思うんやけど、あそこで「恋」という意味が変わって来てるんですね。
「恋をする」って事が、人間である事の証明みたいになって来てるんですよ。
これは、かなり哲学的な事であると思うんですけど。テツとちせがじゃれあっている時に、ちせが「これって恋だよね?」って言うんですね。
あれって、自分が兵器である前に、人間である事を証明する為の事で、恋って事が、相手が好きだから恋をしているんじゃなくて、前提として恋があるわけで、前提として恋がしたいわけなんですよ。自分が人である為に。
でも、最後は前提で恋がしたいわけではなくて、本当に好きだから恋をしているんだという、1話にあった当たり前の事がそこに帰って来てるんですね。
そのごく普通な事が、戦争においては成就しない事だと思うんですよ。そこを、普通に戻す事が、凄い目的になっちゃうんですよ。
それまでの長い5巻くらいの間は。6巻の二人の逃避行で乗り越えて、恋って言葉の意味が二人にとって自然に出てくる「生きる事なんだ」ってトコに、行き着いた事が、俺は凄く感じる所があって。一つの哲学でもあるし。
単純に、その辺で描かれている男と女の恋愛を遥かに、超えているなと思って。俺が感じる所は、そうゆう所なんですけどね。






■ ハイジン

 俺は、最初に、戦争ってのはただの舞台装置って言ったんですけど、実際には凄い大きな役割を持っていて。
あの極端じゃないですか、戦争ってモノは。生か死かないってのは。
「世界の中心で、愛をさけぶ」ってあるじゃないですか。あれも、舞台装置として「難病」があって。
同じく舞台装置によって引き立てられる純愛を描いてて、あれは一時の感情による恋愛というものを描いてるんだけど、戦争になってしまったら、一時の感情による恋愛ではなくって、今しかない、っていうような。
生きる=恋、を結びつけさせる最強の装置になるんですね。






■ ニクロ

 まあ、それは、昔からの古典的なベタな手法やからね。
ある意味、難病も含めて、この漫画の恋愛の盛り上げ方も、凄いベタなんですね。
くっついては障害が現れて離れて、またくっついては障害が現れる、本当に恋愛ドラマが描いてきた、クソ展開の繰り返しなんですね。
だから、本当にね、普通の恋愛の話なんですよ。そこに戦争があるだけという所で。
ただ、難癖もあるんですね。ハイジンの言った戦争による「世界の謎」「個人の謎」という所で描いてて、エヴァンゲリオンはまだ、着地した方だと思うんですよ。映画も含めると。
あの二人だけでは、受け止めきれない所はあると思うんですよ。世界の滅亡に対して。
 だから、ちょっと最後、浮いてしまってるんですね。あそこまでいっちゃうと。
元々、二人以外の人間関係を描いて来てたんやけど、結構、その辺が蔑ろにされて、集約されてしまったって所に、ちょっと俺は悲しかったというか、まあ、全部含めてまとめるのは出来んかったんやろうなって気がして。
ちょっと、残念やったんですけどね。






■ 電脳BOY

本当に二人だけの話という捉え方になったからね。






■ ニクロ

 でも、さっき、ハイジンが言ったみたいに、父親と母親をふんわりと含めたりするやんか。
ああゆう事を、全部含めて、仮に二人で終結するとしても、そうゆうのを全部処理した上で、やってくれるのかと思ったら、みんなを苦しまないように、って、ココだけでやっちゃったのが、それしかないんやろうけどなぁ、って気がするんですね。
もったいなさというか、全部は取れないですよ。あれも、これもって事は出来ないんですけど、やっぱりちょっとね、ムズッとする所は。






■ ハイジン

収拾がつかなかったって、評価ですか?






■ ニクロ

そこまで言い切るわけじゃないけどね(笑)






■ 電脳BOY

残念やったな。って所やろ?






■ ニクロ

そっちを取ったか、って感じなんですね。






■ ハイジン

俺は、上手くまとめあげられちゃってたんで、逆に燃え尽きたんじゃないかこの作者、と思うくらい。
全部、出し切ったんじゃないかと疑うくらい、風呂敷袋畳んだと思ったんですけどね。








最終兵器彼女の読み方








■ ニクロ

 俺はね、最終兵器彼女の絵柄とね、まどろっこしい二人のイチャイチャした所が、これは好みなんだけど、あまり好きじゃないんですよ。どうしても。
だから、マッチングって話では、絵と話はあまりあってない気もするんですけどね。






■ 電脳BOY

 俺は合ってると思いますよ。逆に、恋愛モノとしてはああいう感じじゃないですか。
あれで、ガツガツ戦闘系の絵だったら、違うじゃないですか。話の主体が恋愛だから、ああゆう絵や描き方であってるんやろうなと。






■ ニクロ

戦争の状況下でも、結構、ギャグ顔になったりするじゃないですか。「エーッ!?」とか。






■ 電脳BOY

ちょっと、丸いデフォルメした感じの。






■ ニクロ

あーゆうのを含めて、乗れる人と乗れない人居ると思うんやけど、俺は乗りにくい人なんですね。
だから、ちょっとヲタク寄りな所もあるとあると思うんですよ。ポップな所も含めて。






■ ハイジン

まあ、ヲタク寄りというか、ヲタクを外したら何も残ってなかったりしますよ。






■ ニクロ

そこまで言わないけど。






■ 電脳BOY

そっち寄りは、寄りだね。






■ ニクロ

そうゆう意味で、全肯定は出来ない作品やったんやけど。






■ ハイジン

 いわゆる、風呂敷袋の広げ方じゃないですけど、2話のあそこは、「どうするんだ、コレ?」って思うくらいパワーが凄かったんですね。
1話に関しては驚くくらい何もないという。






■ ニクロ

俺、1話は結構秀逸やった気はするけどね。短編としては。






■ ハイジン

秀逸なんですよ。秀逸なんやけど、「最終兵器彼女」が何でもない。
タイトルに対しての1話が何でもないという。






■ 電脳BOY

何も触れることもなく。






■ ハイジン

そう。タイトルだけを見たら、ギャグ漫画じゃないかと思うくらいのインパクトじゃないですか。






■ ニクロ

俺はもう、最初の方、笑いっぱなしでしたよ。






■ ハイジン

 そうなんですよ、俺も最初は笑うんですけど、結構、そこの「なんじゃこりゃ?!」ってのが凄いんですよ。
自転車に乗りながら、「見ないでー!」って言いながら、ロケットが発射される所とか、なんだこりゃって。






■ ニクロ

俺は、第2話の一番、驚かせる所であるだろう「私、こんなんなっちゃった」ってトコで、爆笑したんですよ。






■ ハイジン

そうですね、そこはそうなんですよ。






■ ニクロ

本当に、アレを「うわーっ!」と思って見れるか。






■ ハイジン

アレを「うわーっ!」と思って見れる人は居ないと思いますよ。






■ 電脳BOY

あそこだけを見るとまあね。






■ ニクロ

 「うわー!」というか、笑いという感情も、面白いという気持ちさえも人向けなんだろうな、って気はしたんですよ。
あそこを、面白いなと思ってしまうのは、ちょっと客層として俺は選ばれていないんじゃないかと。
結局、最後までアレを笑わない感じでいくじゃないですか。観てる人がのめり込むのであれば。






■ ハイジン

それは、恋愛という所の描かれ方が、リアルに近いからというのがあると思うんですよ。






■ ニクロ

 戦争の深刻さ、悲惨さを表すにも、さっきまで何処かの4コマ漫画に出て来そうな漫画みたいな顔をしてたヤツが、いきなり死体になって転がってて、主人公がそれを見てゲロを吐くシーンが急に来ると、俺的には凄い違和感があるんですね。
で、そうゆう所も含めて、記号的にそれを悲惨だと思って、観てくれる人が、これを100%信用して読んでくれる読者だと思うんですよ。
そうゆう意味で、俺は100%ではないんですよね。ある程度は、容認するんですけど、全部が全部カチッとお硬くやってないから、その辺も許せない人なんですよ、どっちかというと。






■ ハイジン

俺は、ユルさに救われてる漫画だと思うんですけどね。






■ ニクロ

 そりゃ、これをガチガチにやられたら、全然、意味合いが違うけど。これを100%肯定出来る読者って、絶対に何%かは居るんですよ。そうゆう見方をする人ってのは。
ただ、これを全く受け付けない、こんな漫画読んでいられるか、って人も居ると思うんですよね。






■ ハイジン

やっぱり、「最終兵器彼女」と言ってるわけだから、「私、兵器だから」とか言いながらシリアスは出来ないんですよ、最初から。






■ 電脳BOY

そこはSFなんですよね、その部分は。






■ ニクロ

雰囲気に飲まれてしまう読者が、一番受け入れられる読者なんですよ。






■ 電脳BOY

世界にのめり込められる人?






■ ニクロ

 居るんですよ絶対に。それが、感覚的にヲタク層がそれじゃないかなと思うんですよね。
ヲタク層ってのは、現実よりそうゆうフィルターで見るから。「なんだ?!」ってトコで読むわけやんか。
俺らからしたら、「漫画は絵だ」くらいの感じで読んで、あそこがパーッと来ると、「ハハッ」となっちゃうわけで。
やっぱり、戦闘と恋愛というあり得へんほどのギャップを受け入れられる容認さ、ってのはそうゆうトコにあると思うんですよね。
でも俺は、100%受け入れられないという所で、点を落としちゃう人なんですよ。






■ ハイジン

ガチガチに固めた設定にするんであれば、「最終兵器彼女」ってのは存在出来ないわけでね。






■ ニクロ

だから、コレは俺の好みなんですよ。






■ ハイジン

「最終兵器彼女」というモノを作るのであれば、ああゆうポップさは必要なんですよ。






■ ニクロ

 解るんですよ。解るし、俺もそのお客さんの中に含まれている所もあるんやけど、極端な所がバッと出て来るシーンになると、ちょっと引いてしまう所があって、さっき言ったのも、「私、こんなんになっちゃった」って、そこの雰囲気に呑まれる客が100として「えっ?」ってなるのが50として、そのシーン読んだ瞬間に「なんだコレ?こんなんあり得るわけねーだろ」って、放り投げる人が0だとしたら、俺は50と0の中間に居る人なんですよ。
こんなんリアリティーねーよ、どうゆうメカニズムしてるんだ、とまでは俺は言わないから。でも、そうゆう客も居るやんか。






■ ハイジン

ようはさ、アレの時点でポップさは最初から決まってるじゃないですか。
「最終兵器彼女」とガチガチはかみ合わないというか。






■ ニクロ

俺はそれを解ってる人ですよ。解っていながらも、心でちょっと拒絶している所がある人です。






■ ハイジン

重箱の隅を突くみたいな事になっちゃうんでね。
俺の、「私、こんなんになっちゃった」って言った時の笑いは、「広げるなー」という意味も含めての笑いですから。






■ 電脳BOY

展開を?






■ ハイジン

どうすんのコレ? って。






■ ニクロ

 俺は、完全にギャグ絵として。ホントに、俺、「すごいよ!マサルさん」を想像したんですね。
ちせが「私、こんなんになっちゃった」って言って、次のコマで「ロボだこれ!」ガビーンって言ってるような。
それが想像できるくらいにギャグ絵になってるんですよ俺にとっては。ツッコミがないだけで。






■ ハイジン

まあ、ギャグにしてる部分はあるからね。デートした時に、「ズーいぶん目ぇいいんだわ・・・」って。






■ 電脳BOY

ズームしようとしてたっていうね(笑)






■ ニクロ

まあ、懐の広い人ほど楽しめる漫画じゃないですかね。別にそれをバカにしてるわけではなくて。






■ 電脳BOY

そうゆう人も居ますよ、っていう。






■ ニクロ

この漫画って、0点と100点の人が多いタイプじゃないですか。






■ ハイジン

 まあ、終始笑いっぱなしの人も居るかもしれないしね。でも、それは別に笑ってもいいと思うんですよ。読み方としては。
さっき言った自転車に乗りながらミサイルが発射されるトコとかさ。
「なんなんだこの絵は?!」って思うし。






■ ニクロ

俺はあそこやったな。「私、英語成績悪いからわかんないの」って言って、で、2コマ黒コマ挟んで






■ 電脳BOY

ドカーン!






■ ニクロ

 あそこね、本当に大爆笑やったんですよ(笑) そこでその台詞いうかっていう。
ただ、それを雰囲気に飲まれて読むかって所で、だから色々ね、壁があるんですよ。
この漫画を受け入れられる読者、受け入れられない読者。






 ハイジン

まあ、それは少なからずあるかもしれないですね。では、今日はこの辺で。



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