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CASSHERN






2010年3月7日 更新



あらすじ

長年にわたる戦争の末、荒れ果てた世界。人類を再生の道へと導くため、遺伝子工学の第一人者・東博士(寺尾聰)は人間のあらゆる部位を自在に造り出す“新造細胞理論”を学会で提唱する。
一方、博士の息子、鉄也(伊勢谷友介)は父へ反抗心から兵士として戦争に参加するが……。


制作国 :日本
公開日 :2004年4月24日
上映時間 :141分
配給 :松竹
監督 :紀里谷和明
脚本 :紀里谷和明 菅正太郎 佐藤大


出演

伊勢谷友介 麻生久美子 寺尾聡 樋口可南子 唐沢寿明













■ ニクロ

 映画「CASSHERN」はちょうど僕らが高校生くらいのときにやってて、僕も友達と一緒に観にいったんですね。
2時間20分という割と長尺だっ たんですが、観終わって正直「ああ、日本映画はまだまだ大丈夫だな」と思ったんです。
そうしていい気分のまま家に帰ってパソコンでyahoo映画レビューを観た ら酷評の嵐で・・・信じられなかったですね。
確かに一般の人に非難されるとっかかりはかなりあるんです。紀里谷和明という宇多田ヒカルの夫であり、普段はPVを作っているというプロフィールの時点でもうね・・・
ポスターを観てもキャシャーンが実写映画化です!という観る前からハズレのような雰囲気があった 。
 そしてとどめにこの長い長い映画の中で観客は一度も泣かず一度も笑わないまま終わるという展開に恐らく憤りを覚えたんでしょう。
常に同じテーマを、隙を与えられないまま観ていると、どこかで感情が揺らされないと息が詰まるんですね、彼らは。だから叩いてしまう。
そこには泣かせの演出もなければクスッと笑 えるギャグもない。しかしおれはだからこそ感動したんですね。
彼らの反応は最 近の日本映画の悪しき象徴だと思います。映画の詰まる詰まらないというところが笑うか泣けるか、すなわち感情の表面の部分でしか機能していない。
そういう 種類の映画でないものは、自分の心が動かされなかったと思い込んじゃう部分があるんです。
まずそういう観客が非難を始めたんだと思います。そんなスタートでもって評価が始まったんで、「あ、この映画はダメなんだ」という認識が公開時から広まってしまった。
まっとうに評価しづらい映画ですから、そうすると人 は人の意見というか空気に流れていくんですよね。それからしばらくして今度は TVで「CASSHERN」が公開されて、その直後のレビューで「面白い」っ て人がいっぱいいたんです。
これは面白い現象であり、正しい見方をしているな 、と思ったんです。映画館の暗闇で感情が動かされることを第一として観てると がっかりする客が、家で肩の力を抜いて、ただ観る。
するとすっと入っていけた んですね。だから「CASSHERN」の酷評はちょっとおかしいところから始 まってるな、と思ってたんです。
お二人はどう考えてますか?






■ 電脳BOY

 僕は映画館でなくDVDで観たんですが、単純にめっちゃ面白いと 思いました。
で、僕もニクロのように帰って調べて(笑) アレっ?て。俺、ち ょっとおかしいのか?って疑っちゃうくらい。






■ ニクロ

 叩き方が単なるつまんない映画の叩き方じゃないんですよね。みんなが みんな、ダメだダメだって、のしかかるような叩き方をしてて、本当に心から面 白くないならばあんな叩き方はしない。
例えば、CGのアラだったり、そういう のをチラっと観ただけで切って捨てる人はいっぱいいるんじゃないかな。






■ 電脳BOY

ただ非難される部分も分かるというか、大衆向けの映画ではないですよね。






■ ニクロ

それを差し引いても俺は傑作だと思う。






■ 電脳BOY

ただ原作ファンががっくりくるのも頷ける(笑) 。






■ ニクロ

結局ヘルメットも被らないままですからね(笑) まあ。






■ 電脳BOY

DVDで二回目観ると疲れちゃうんですよね。途中でストップかけてしまう。






■ ニクロ

濃いんですよね。ただその濃さが俺の好きな部分なので後で語りたいんですが、ハイジンはどうでした?






■ ハイジン

 俺はさっきニクロが言ってたガヤの声というのは知らなかったんですけど、面白くなかった、というのが率直な感想です。
予備知識なしの割と素の状態で観たんですけど、基本的にこの人は映像作家なんだな、ってことが分かるんですね。
映画作家としては才能ないんじゃないかな、ってくらいで。






■ ニクロ

映画作家と映像作家の違いというのは?






■ ハイジン

 一つシーンを挙げると、ルナが鉄也を待ってるときに、大きな部屋の中にいて、ソファーで寝て待ってる。
映画好きな人はここでダメだと思うんですよ。なんでこんな大きな部屋で寝てるんだというか、必然性がないんですね。
そ こにリアリティーは一切ないんだけど、逆に俺はそこは好きで、あれってようはPVじゃないですか。
そこに監督の力は感じるんです。ただ他の演出に関してはいただけなくて、唐沢が城に入って演説を始めるところもダメで。
あとキャシャ ーンと唐沢が殴り合って何か喋ったあとに、キャシャーンが吹き飛ばされて、立ち上がって「家族だぞ!」みたいなセリフを言うんですけど、その必然性が全く ないんですね。言わされてる感が強くて。






■ ニクロ

それは編集点の話じゃないですか?






■ ハイジン

 それもそうなんだけど、ただ唐沢とか伊勢谷とかの役者陣が回りを固めてるから画面が締まって見えるんだけど、やはりどうしよもないんですね。
でも紀里谷監督は実にしたたかだなと思ったのは、「GOEMON」なんかでも江口洋介というちゃんとした役者を配置している。
そういう役者陣がいないと締まって見えないんじゃないかと。






■ ニクロ

 あー、真逆ですね、それは。どうしてあんなに制作費のかかるちゃんと した豪華な俳優陣を紀里谷監督が使えるかというと、紀里谷監督の演出力を役者が信用しているからなんですよね。
あの演技って役者がシナリオ読んで演技合戦 で出来る演技じゃないじゃないですか。役者がちゃんと(監督に)答えようとし ているのが分かる。
セリフにしても監督が口移しで喋らせている。本当だったら 馬鹿らしいじゃないですか。あんな変な衣装着ておそらくクロマキーのスクリー ンの前で立って演技をするなんて。
どんなにいい役者でもモノになるわけないで すよ、そんなの。でも実際役者はCGの背景に流れるように一体化している。
整合性があるんですね。監督がそれを見えている上で演出してるのがよく分かる。 今の映画監督であそこまでの演技レベルを引き出せる人っていないんじゃないかな。









「奥」の映画









■ ニクロ

 さっき言った赤い部屋なんだけど、俺もあそこは好きで、この映画はイメージ の累積映画になってるというのがポイントになってて、過去のフィードバックは ちょっとしつこくてあざといんだけど、何であんなでかい部屋でルナが寝てるん だってことに対して、ハッキリ言って理由は要らないですよ。観て分かるしかないっていう。






■ ハイジン

アレは本当に突っ込んじゃダメなんですよ。






■ ニクロ

 紀里谷監督はキューブリックとか絶対好きでしょうね。あのヘルメットのドリーとか。
何が一番凄いかって独特の映像感覚を持っていながら、画が全く 破綻しないところですよ。






■ ハイジン

俺は(監督の作品なら)五分間の映像なら気持ちよく観れるけど、 やっぱり長い・・・






■ ニクロ

それは体力の問題じゃないですか?






■ ハイジン

いや、やっぱり二時間半はあの監督には無理なんですね。






■ ニクロ

 ちょっと厭味な言い方になるけど、何でこの映画を最後まで観れる人と観れない人がいるかっていうと、この映画って「奥」の映画なんですよ。横では なく。
つまり、ああいうCGとかお金がかかるセットを使う背景って、特撮モノ の映画とかがそうやけど、必ずカメラは寄るんですね。
役者の顔に。要はそれで 後ろを作らなくて良くなる。紀里谷監督も同じように寄ってるんだけど、奥行きの人の動かし方がメチャクチャ巧いんですよ。
こんなこというとマニアックなこといってるように聞こえるかも知れんけど、映画って画面で持続させられるかどうかの一点だけなんですよ。
「CASSHERN」はキューブリックのように完璧な画面配置を作っておきながらそこに横や縦から急に人を入れたりするんで すね。
画面自体は寄りですよ。でもそこで崩れるんですね。均衡をとっていた画面が。それだけでおれは興奮するんです。
観客がストーリー重視で観てると、ど うしても疲れるんだろうな、とは思うんだけど。
 例えば、鉄也の棺おけを葬儀人 が運んでいるシーンで、あのメイキャップもすごいけど、キャシャーンの腕が落ちて、棺おけを捨ててみんなが逃げてゆくシーンの人の動かし方。
あのシーンだ けでもお金を払いたくなるくらい素晴らしいんやけど、紀里谷監督はそれをポンと出すんですね。
そういうことされるとテンションが上がるというか、一本の映画としては違うのかもしれないけど、「CASSHERN」の最大の見所と言う のは、やはり画面じゃないかな。
モンタージュよりも一画面だけで見せていくと いうキューブリックがやってたようなことを邦画の監督がやったっていうのがすごいな、と思ってたまげちゃったんです。






■ ハイジン

紀里谷監督は頭で映画を撮ってるんですよね。






■ ニクロ

勿論そうですよ。完璧に。






■ ハイジン

 こういうカットが撮りたいっていうのが先にあって、それって結局PVなんですよね。
映画っていう地続きなところでそれをやられるとやっぱりキツいんです。あざとさが見えてきちゃうんですよね。
そこだけを観ればすげぇな、って感想も生まれるんですけど、こっちは地続きで繋がってるものを観てるんだから、その瞬間に気合入れられても、ちょんちょんちょんとやられると観ていてお腹いっぱいになるんですね、こっちは。
だから俺は2時間長編を撮る人ではないと思うんですよね。






■ ニクロ

 2時間いっぱい胃もたれせずに観れる要素は他にもいっぱいあるけどね。
画面以外の話をさせてもらうと、例えば衣装がありますよね。特撮モノのヒー ロー映画って大体仮面ライダー的な格好になって、それを目の当たりにすると、ああ、これは特撮モノなんだっていう気持ちでしか観れないですよね。
そうすると、ある程度ハードルが下がるんですよ。これは作りモノです、被りモノですっていう認識が生まれて。
でも「CASSHERN」って全力じゃないですか?ああいう衣装着て。そんな映画ないじゃいなですか、他に。






■ 電脳BOY

確かに見た目すごいこだわってるよね。






■ ニクロ

 キャシャーンのスーツもスパイダーマンになりかねないところを、どんなアクションをしても張り付いていてちゃんと重量感がある。
そういうもので画面を成立させているというのもまず驚きだし、ブライキング・ボス(唐沢)のマント。
最初は旗で中盤で赤マントになる、あんなもんいい大人の役者が着てたら絶対馬鹿みたいになるんですよ。
でもマントの翻り方一つとってもスゴいですからね。あれは編集でどうにかなる動きではなくて現場でちゃんと風を送って、役者に動きを何度もテストしてるからあんなに締まった画になるわけで、頭でやってるといっても、頭で出来ないですからね、普通のPV監督も映画監督も。
俺は正直地続きである必要もないんじゃないかと思って。だから新しいですよね。こんな映画二度と出来ないんじゃないかな。









紀里谷監督の求める「映画」とは









■ ニクロ

デビルマンってあったじゃないですか。






■ ハイジン

これと同じ年ですね。






■ ニクロ

 正直あれと並べられたのが一番致命的だったと思う。「デビルマン」「 CASSHERN」を指二本で数えるセットになっちゃって。
本当に不幸というか、一般向けの映画でないにしろ、非難される以上に非難されてしまったという 感が強いんですよ。
「デビルマン」とか「キューティーハニー」と最近だと「ヤ ッターマン」とか、比べても全く志が違う映画で原作ファンに沿う気はないんですね。






■ 電脳BOY

客に寄ってないですよね。






■ ハイジン

客に寄ってないけど、言いたいことが、もううるさいんですよね。思想が押し付けがましいというか。






■ ニクロ

 まあストーリー的なことをいうとかなり古臭いんですよね。ホント、シェイクスピアの頃からあるんじゃないかっていう。
いわゆる創造主モノと生まれてきた者たちとの対立という普遍的で古い話を描いてて、紀里谷監督は古典の小説とか舞台が好きなんでしょうけど。
俺は高校生のときに観て感動したのは結 論を出したってことなんですよね。こういう多義的な話って普通結論を出さないまま終わるんですけど、紀里谷監督はひとつの答えでもってこの映画を終わらせ たんですね。
曖昧に終わらせるのが余韻を残すという風潮の中で「まず僕たちは許しあうことが必要だったんだ」という言葉だけを残して幕を引いた。
これはな かなか勇気のいることですよね。ボヤかして終わること=感動が深まること、を 観客は求めていて、紀里谷監督はそれを拒否したために非難の的になってしまった。






■ ハイジン

 身も蓋もないことを言うようだけど、その結論っていうのが全く心に 響かないんですね。
ハッキリいってもいいんですけど、そこでセンスが問われる んですよ。この響かないっていうのは紀里谷監督の資質的な問題だと思うんですけど、この人はもう映像を撮る背景に回るしかない人間だと思うんですよね。
表側に立って何か発言をすべきではなかったんじゃないかと思うんですよ。監督っ ていうのは観客に対して心の揺れ動きみたいなものを与えないといけないと思うんですよ。
この監督に対しては「何いってんの」という感想しか浮かばないというか、筋違いとまではいわないけど映画に対して観客が惹かれないというのが致 命的だったと思うんですよね。






■ ニクロ

そこで全員が惹かれても紀里谷監督の思惑とは違うと思うけど。






■ ハイジン

惹かれなくてもきっと作るんだろうなとは思うんですけどね。
まあ、俺はもう観ないなってところなんですよ。









新作「GOEMON」









■ ニクロ

「GOEMON」は何故か評判いいみたいやけどね。






■ 電脳BOY

 観に行ったんですけど、僕は頂けなかったですね。
「CASSH ERN」は内容濃いけど、「GOEMON」は何もないんですよ。






■ ニクロ

ハイジンが言ったところだと作り手に回ったんじゃないですか? 面白おかしくみたいな。






■ 電脳BOY

 エンターテイメントなんですよ。逆にぼくはすごい拍子抜けしたというか。
すごく意気込んで観に行ったんですけど。映像もクオリティかなり落ちてると思うんですよね。
世界観が好きになれるかどうかだと思うんですけど、合わなかったですね。
僕は「CASSHERN」の音というか声が好きなんですよね。録音の仕方がどうなってるのか分からないけど生々しくて。
「GOEMON」のときもそうだったんですけど。なんていったらいいか分かんないけど、質が好きなんですよ。









映画を観る姿勢









■ ニクロ

 「CASSHERN」を難解とか意味不明っていう人をちらほら見かけるんですけど、これも日本映画の悪しき風潮だと思うんですが、映画の詰まる詰まらないってことが分かる分からないってこととが混同されてるんですね。
「CASSHERN」は全然難解でもないし、さっきハイジンが言った「何いてるの」ってとこに対する難解・意味不明に繋がってると思うんやけど、そういう観客に画面を観てて詰まんないんだったら、もう出てっていいよ、ってことなんです。
映画は画面ですから、上から言うわけじゃないけど、そこが面白くない人は面白くないんだろうなっていう。
そこでストーリーが意味不明ってみるしかなくなっちゃうと、もう何も面白くないんですよ。例えば鉄也の母ミドリが、ラスト付近でふっと手を挙げて鉄也に「戦いを治めなさい」というシーン。
正直アレ意味が分かんないんですよね。何で、生き返った鉄也に戦いを終わらせるためにま た戦えっていうのか心理がまるで分からない。
だけどあの画面のサイズに収まったミドリがすうっと手を掲げて言うのを観ちゃうと、もう観て納得するしかないんですよ。「ああ、そうなんだな」って。
画面が語ってくるんで飲まれちゃうんです。だから、今の観客には「分かる分からない」を「詰まる詰まらない」で考えないで欲しいんですよね。
まず画面を観てどう思うかってことを考えて欲しい。主人公のセリフを頭で追ってたらそりゃ映画なんて面白くないですよ。
そんな ことより、今何が目の前で起きてるんだってことをもっと注意深く観て、興奮して欲しいんですけどね。






■ ハイジン

でもあの映像は20分が限度でしょう。






■ ニクロ

体力の問題だと思うけどなあ。






■ ハイジン

体力というよりどんなに美味しい料理でも10人前は食べれないというか。






■ ニクロ

 同じ色味でやられたらおれもしんどいけど、カラーはバンバン変わるじ ゃないですか。
変わるということに対して観客は一回呼吸が出来るんですから、 それでもしんどいならどうしようもないですけど、どこで息継ぎするかという問 題でもあるんですけどね。
「CASSHERN」を観るときは集中して観ようとしか言えないですね。それでは時間がきたので今日はこの辺で。



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