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ファイト・クラブ






2010年8月7日 更新



あらすじ

空虚な生活を送るヤング・エグゼクティブのジャックは、謎の男テイラーに導かれるまま、謎の秘密組織「ファイト・クラブ」のメンバーになる。
そこは鍛え抜かれた男達が己の拳のみを武器に闘いを繰り広げる、壮絶で危険な空間だった・・・。

制作国 :アメリカ
上映時間 :139分
日本公開日 :1999年12月11日
配給 :20世紀FOX
原作 :チャック・パラニューク
監督 :デヴィッド・フィンチャー
脚本 :ジム・ウールス


出演

エドワード・ノートン ブラッド・ピット ヘレナ・ボナム=カーター














■ ハイジン

 それでは始めていきます。今回は初の洋画という事で、デヴィッド・フィンチャー監督の99年の作品「ファイト・クラブ」になります。
まず、個人的な「ファイト・クラブ」の感想なんですけど、この映画は2時間10分くらいですかね。
長さ的には2時間を越えてるという事で、そこそこ長いわけなんですけど、俺的には長さに関してはほとんど感じないで、カットの切り替わりとか、映像として面白い部分も多々あったし、ブラッド・ピットもエドワード・ノートンもすごくハマって見えたし、映像を語る上では、凄く面白く観れたんですけど、内容に関して、ファイトクラブにまつわる話しについては、個人的にはあまり進んで話す気にならないというか。
 何と言うか、この映画って、冒頭の不眠症の所からスイッチをカチッ、カチッ、と入れていってですね、そうして映画を作っていってるんだけど、どうもそれに対して俺は乗れないタイプなんですね。
そこに乗って行けたら一個一個、一つ一つの解釈を進めていく事にのめり込んで行けるんですけど、俺はスイッチに関しては興味があまり沸かなくて、だから、ちょっと観ていて疲れちゃうという話しなんですね。
デヴィッド・フィンチャーに関しては、全部、観てるわけではないんですけど。






■ ニクロ

確か「セブン」は好きですよね?






■ ハイジン

 そうですね、「セブン」と最近の「ベンジャミン・バトン」なんかは良かったんですけど。
「ファイト・クラブ」は二度、三度と観たいと思う人が居て、評判が高く、中毒性があるのは解るんだけど、俺としては少し、観て色々と考えさせられるように仕向けられる映画っていうのは、あまり乗り気にはなれないって事なんですね。






■ ニクロ

 俺も、全く乗れなかったんですね。いわゆる、こうゆうテーマに乗れる人っていうのは、冒頭の睾丸が無い人の会、いわゆる病気で集まった人達で、主人公が泣いてるじゃないですか。
あーゆう所で泣けるナイーブな人達だと思うんですよ。こうゆうが受けるっていう映画の観客っていうのは。
俺はやっぱり、そうゆうモノでは受けないというか、撮り方にしても、もうちょっと工夫があった方が良かったんじゃないかと思って、そうゆう意味で俺も乗れなかったんですけどね。
 正直、この映画の殴り合いってのは、全然、痛くないんですよね。みんな同じ事を思ってるかもしれないですけど。
この映画を観て、あの殴り合いが痛い、って思う人は居ないと思うんですよ。あれが痛いっていうのは、吐く血とか、怪我とか、歯が抜けたりとか、怪我した場所を糸で縫合したりとか。後で怪我を見せる事によって、痛みを演出してるという。
殴り合いの痛みの時は、PV的な撮られ方をしているわけなんですね。俺は、そうゆう意味で、この映画の撮られ方は、この撮られ方で間違ってると思ってるんですよ。






■ 電脳BOY

 俺は、この映画を観たのは最近というか、二十歳を超えてからなんで。ずっと単純にボクシング映画だと思っていて。
デヴィッド・フィンチャーの映画は「セブン」とか「エイリアン3」がめっちゃ大好きで、そうゆう風に流れて来たんだけど、最初観た時は、全然、話がわからなかったんですね。
自分で考えるのも難しくて、サイト見たり色々して、話が解った時に、そうゆう事なのか、と。話の流れが。
単純に、さっきニクロが言った、ボクシングとか、殴り合いとかは関係ない話なんだなって。






■ ニクロ

いや、関係ないんじゃなくって、そこは痛みがあるように描かないと、テーマとして意味がないんだけど、余りにもデヴィッド・フィンチャーが感覚で撮っているから






■ 電脳BOY

痛みを感じないと。






■ ニクロ

そう。たぶん、この人の映画の売り込み方と、映画の元々が持ってるモノが全然、違うんですよ。






■ 電脳BOY

まあ、元々はCMか何かの人やからね。






■ ニクロ

 地下でファイトクラブをやるって事で、クラブの音楽を止めて降りてくるんですね。
降りて来て、足音が響いてきて、カメラが正面から捉えてグーッと後ろに下がって来て、地下室まで来るってシーンがあって。
そこまでで、店の音楽がどんどん遠くなっていってるんですよ。さあ、ファイトクラブだ、っていう所で、あの男達は無音の中で、殴る音だけが響く地下室の中で殴り合いをしているのに、デヴィッド・フィンチャーは外から音を付けるんですね。
いわゆるカッコよく見えるというか、演出なんですけど。そうゆう事をしちゃうと、主人公が殴り合いをして、そこだけが自分達が存在出来るんだ、っていう事の意義が全然、変わって来ちゃうんですよ。
だから、客を乗せる為にはその方がいいんですよ。いいというか、その方がウケるんですよ。
ウケるという事をデヴィッド・フィンチャーは知っててやってるんだけど、ウケてしまった瞬間に、言いたかった事が全部、崩れちゃってるんですね。
だから、あそこはホントに無音で、ペチン、ペチンという殴る音だけが響くという、ひたすらにそれだけを見せるっていう事の方が良かったと俺は思ってる。幾ら何でもアレは、綺麗というか。
だから、その後のシーンで怪我をした所の血を見せたり、傷口を縫ったりする事で、これは痛かったんですよ、って事を見せるんだけど、別のカットを入れても、時既に遅いというか。結局、やってる事は違うじゃねーか、って事になっちゃうから。
そうゆう意味でもこの映画は、時々そうゆう事がズレてるんですよね。描き方と、作品の言いたい事が。
だから、ホントにこの映画は主人公が、モノに満たされてる、っていう・・・






■ 電脳BOY

というか、モノでは満たされない。






■ ニクロ

 そうゆう、モノに囲まれてるんだけど、満たされないって事を表してて、それ故にファイトクラブを開いて、街から孤立して殴りあう行為に走るんですけど、ただ、余りにも映画自体が金を持ってるわけじゃないですか。
映画を作る側は。もちろん、デヴィッド・フィンチャーが監督をやるって事で。
CGを使って、カメラのクレーンを使って、ありとあらゆる技術を見せるつけるんですね、色んな場面で。
そうすると、主人公はモノが溢れてるんだけど、そこから逃げたくて、そこでファイトクラブを作って、殴り合いに走るっていうのに、映画自体は凄く豊かな動きをしてるんですね。
音の付け方も含めて。CGもバーッと。カメラも寄ったり引いたり。映画がめちゃくちゃ豊かな分、余計におかしい事になってるんですよ。主人公の行動が。
だから、撮り方がちょっと、ズレてるんですよね、この映画は。






■ 電脳BOY

でも、この映画は見方によってはコメディにも観れるし、色んな観方が出来ると俺は思うんですよ。






■ ニクロ

 俺が、一番面白かったというか、笑ったのが、マーラと主人公が二人で歩いていて、カメラがスーッと引いていって、病気の自分が受ける時間について話してる、あのシーンとかは凄く面白くって。
他にも、あと二箇所くらい、いいシーンはあるんですよ。俺の中ではその3つしかないんやけど、この映画。2時間ちょっとあって。
まず、マーラが一人で街の奥の方に歩いて行くシーン。あと、地下室でブラッド・ピットが自転車を漕ぐっていうシーン。あのシーンの質感ってのがすごくいいんですよ。
ただ、それ以外のシーンってのはひたすらにクローズアップで顔の画面の奥がピンボケしてるんですよ。奥を描く気がなくって、どんどんどんと寄って手前だけの映画になってて。
やっぱり、そうゆうのを観ちゃうと、どうしても、二回観る事もないというか、一生記憶に残るシーンは無いんだな、って気がしちゃって。
どうしても、そうゆう所も含めて乗れなかったんですね。









センスと深層









■ ハイジン

映画の見方としては、何となくニクロは、ちょっと、核の部分を求めすぎているというのがあるんじゃないんですか?






■ ニクロ

核の部分とは?






■ ハイジン

いわゆる、ファイトクラブという、殴り合う事によって、主人公が変われる力を手に入れる、という中心部にあるテーマを、これを描くんだったら、こうしないと伝われない、という風に






■ ニクロ

いや、伝わらないんじゃなくて、あの描き方はアウトだ、っていう話なんですね。






■ ハイジン

 ただ、俺は、もうちょっと広い映画のような気がするんですね。テーマという部分に関しては。
さっき、電脳BOYはコメディにも取れるって言ってように、何と言うか、結構、色んな事に手を出してると思うんですよ。
映画自体が凄く広くて、逆に俺はその広さが受け付けないというか、めんどくさい要因ではあるんですけど。
殴りあう事、その痛みから物質主義の世の中から一人一人が己の存在価値を見出すというのは、理には適ってるけど、それは単なる入り口の一つに過ぎなくって、そこから色んな沢山の事を同時に描き出そうとしているような、そうゆう映画だと俺は思うんですね。






■ ニクロ

 それは、さっきから、ような、ようなって聞こえるんやけど、一つ挙げるとどうゆう事なん?
俺は別に、この映画を広いとか、狭いとか言う前に、撮り方とか、音楽の入り方とかが・・・






■ ハイジン

だから、同時に描く為には、あーゆうPV風な撮り方にする事が俺は適していると思うんですけどね。






■ ニクロ

 広いってのは何を指してるん?シナリオが深読み出来るって話ですか?どれだけ伏線を張っているかって話ですか?
広いってのが俺、全然、わからへんのんやけど。






■ ハイジン

広いって意味?






■ ニクロ

映画においてね。






■ ハイジン

 いわゆる、ブラッドピットのタイラーの言葉の「世界でベルトコンベアー的に働いていて、存在価値がないという世の中を、ファイトクラブで殴り合う事で見出す」その言葉が冒頭から語られているテーマの一つであり、でも、実は主人公のエドワード・ノートンの願望こそがブラッド・ピットであって、その願望には男としての強さだとか、肉体美であったり、憧れが込められていて、と、広義の意味で・・・






■ ニクロ

 俺はそれは一本に見えるんやけど。悩み方は二重構造くらいあるにしても、いわゆるタイラーに対する憧れであったり、って事は別に薄利しないというか、まあ、薄利してた所で広いとは思わないんですけどね。
ってゆうか、何でそれがPV的な撮り方が適してるってのが、よくわからないんやけど。






■ ハイジン

それは純粋に、一本の道筋のみを追うのであるならば、他に手を出さずに一個の事だけを追う為の絵を作ればいいと思うんだけど、多角的に・・・






■ ニクロ

でも、それは薄く浅くって事じゃないんですか?






■ ハイジン

そうゆう事ですよ。






■ ニクロ

 いや、それを言われちゃうと俺は何も言えないというか(笑)。バカじゃネーか、という一言で終わっちゃうんだけどね。
それを認めちゃうと。俺は自分の映画を守る為に、それは認めたくないというか。
自分の信じてる映画を守る為に、それは絶対に引いちゃいけない一線なんで。結局、広いから受けるやり方?
受け入れられるやり方で、とりあえず放って、もうどうとでも解釈、お前らで考えろってやり方が俺は一番嫌いな映画なんですね。






■ ハイジン

俺は、そうゆう風な受け方をしたんですね。






■ ニクロ

 俺は、解釈とかはあまり考えずに、ほとんど字幕も見ないような感じで、画面だけをずっと見ていたんですけど、画面だけ見て、監督が描きたい事ってのは見えるんですよ。カメラの動かし方とか。
で、この監督は完全に売り方と、見せ方をちゃんと知っているけれども、それが結局作品の言いたい事にマッチしてないって事が大問題で、それを貫いてないのに広いとか言われても。
まず、そこを貫いてくれないと、そもそも広いモノを拾おうという気にもならんというか・・・ねえ?






■ ハイジン

俺は、その広さが、まとまってるかどうかはわからないんですけど、その広さってのは、考えるというよりも全身で浴びるくらいが、丁度いい観方だと思うんですけどね。






■ ニクロ

 うーん・・俺は、画面で観ないとわかんない人間だから。でも、結構、いい所もあるんですよ。
二人が一番最初に飲み屋から出て来て、一番最初に殴り合う時の夜のやり取りとか、アレちゃんと地面もホースで水で律儀に濡らされていたりして、写し方としてはすごい綺麗で、気合い入ってるな、と思ってたら、次の瞬間にはクローズアップでしょうもない画面になって。またクローズアップってのが見てる人にとっては楽なんですね。
だから、そうゆう撮り方でまた撮っちゃうんやけど、結局、そうゆう風になっちゃたらPVの方に流れちゃって、音楽もガンガンかけて。
俺は、どうしてもそうゆうモノを幾ら広い謎とか、解釈を投げかけられても、まずそこをちゃんと見せれるモンにして貰わないと、観れないっていうのがあるんですよ。






■ ハイジン

別にPVは悪くないですよね? PV風にするってのは。






■ ニクロ

意味があるんだったらね。要はウケる為にPV風にするってのは、俺はちょっと許し難いというか。






■ ハイジン

 俺は、この内容でPV風にするってのは、結構合ってると思うんですよ。
男同士の貫いた友情を描くのに、PV風にされたら気が散ってアレなんだけど、この作品のように色んな事をバババと撃っていながらの、パチンパチンと画面が変わっていくんだったら、俺はPV風でも全然合ってると思うんよね。






■ ニクロ

 俺は、PV風が悪いといよりは、どっちかつうとコマーシャルっぽい所があるやんか。そうゆうカットが。
例えば、タイラーがスープの中に小便を入れてとか。






■ 電脳BOY

コント的なヤツの事やろ?






■ ニクロ

そう、映画の中にポルノを入れたりとか、あの紹介の仕方も完全にコマーシャルの紹介の仕方やんか。






■ 電脳BOY

俺は、アレは評価してるというか、センスとしては面白いと思ってるけどね。






■ ニクロ

いや、結構、所々にあーゆうコマーシャル的な撮り方があって、ちょっと考えてあげると、コマーシャル的なやり方も大衆消費社会のモノで満たされてるタイラー、って事を考えるとそうゆう撮り方もアリかと思ったりもしたんやけど、でも、やっぱり許せないんですよ。






■ ハイジン

許せないのは何の定規なんですか?






■ ニクロ

 結局ね、許せないってのは、監督の言いたい事と絶対違うって事なんですよ。
で、結局、この映画にノセられて、この映画がイイって言ってる人は、結局、ノセられているって事に気づかないまま、この映画が深いと混合しちゃってる人だと思うんですね。そう思うんですよ。






■ 電脳BOY

 俺は、原作も読んだんですけど、映画と同じようにポンポン飛ぶんですね。時間軸とか。
あーゆうテンポになっちゃうのは、おかしくないと言えばおかしくないんですよ。テンポ的には。
だから、あーゆうテンポで魅せるってのは、俺はセンスはいいと思ってるんやけどね。ニクロには悪いけど(笑)






■ ニクロ

俺は違うんですよね。









映画の条件









■ 電脳BOY

アレは知ってますよね? 最後に男性器が映るという。






■ ニクロ

知ってますよ。






■ 電脳BOY

アレはどう思いますか?(笑)






■ ニクロ

まあ・・・ぶっちゃけ、あんなカットはどうでもいいんですけど。






■ 電脳BOY

気づかないですよね、普通は。






■ ニクロ

俺は気づいたんですけど、ってか、明らかにサブリミナルより長く入ってるからね。






■ ハイジン

途中でブラピも入ってるね。






■ 電脳BOY

ガッツリね(笑)






■ ハイジン

でも、ブラピはサブリミナルのレベルやない?






■ 電脳BOY

アレはね。赤いヤツが。






■ ニクロ

 で、映画館のアニメか何かでポルノが映るのは、明らかにサブリミナルより長く入ってるというか、映画を観てる人が解るだけの長さ入ってるから。
まあ、全部が全部ホンマではないんやろうけど。まあ、そんな所もファッションなんでどうでもいいんですけど、俺は。






■ 電脳BOY

でも、あそこは結構、重要じゃないですか? 最後に出すってのは。






■ ハイジン

そこを含めて、っていう気はするんやけどね。色んな捉え方の意味で。






■ ニクロ

でも、それは監督の遊びに付きあわされてるだけじゃないですか。






■ ハイジン

遊びと言うか、全体を通して貫き通してるスタンスじゃないですか、この映画の。






■ 電脳BOY

最後に結構、バカにしてるというか。






■ ニクロ

俺は、あんまりね、安い映画というか、遊びまくって、かつウケるように作っていながら、でも、その内容がただ遊ぶだけの映画だったらいいんだけど、物凄く真剣に考えられるような話を、こうゆう風に撮るってのはバカバカしいんですよね。






■ ハイジン

でも、これは突っ込んじゃダメな部類の映画ですよ。






 ニクロ

それを言っちゃたら、これが今日の議題に上がった自体が、かなり嘘やろ、って感じなんやけど。






■ ハイジン

だから、一応、映画の中では二重人格で全部一人でやってました、で、片付けたけど。






■ 電脳BOY

そうゆう単純な上辺のストーリーね。






■ ハイジン

それを認めちゃうと、辻褄がめちゃくちゃになっちゃうし、最後にテロでビルを爆破しました、っていうラストもそれを認めるのも無理なレベルに達してるんだけど、最後の最後にワンカットを入れる事も含めた、一個のスタンスじゃないですか。






■ ニクロ

 要はテレビ的なんですよこの映画は。どう考えても。映画館で観る必要があるのか、っていう映画ですよね。
極端な事を言うと、ですけど。






■ ハイジン

また、テレビ的な定義っていうのが。






■ ニクロ

絶対的に真っ暗な中で、音量最大で観る必要があるのか、っていう映画なんですよ。






■ 電脳BOY

俺、映画館で観たいですよ。






■ ハイジン

 音量マックスで、真っ暗な中で観たいのか、という定義の中では観たいに値するんじゃないですか?
臨場感はありますし。






■ 電脳BOY

どの映画に対しても、結構当てはまりそうな(笑)






■ ニクロ

 いやいや、やっぱりね、あるんですよその線引きというのは。やっぱりね、いいシーンが無いからだと思うんですね。
いいカットが全然。少しでもそうゆうシーンがあったら、ちゃんと観ようと思うんですけど。
結局、どのカットを観ても観客を誘導されるがままの映画じゃないですか、監督に。
要はこっちが、観て何かを掴むというよりは、監督が「こっちです」と手を引いて貰ってて、最後まで辿りつくっていう。
まあ、そうゆう映画があってもエエっていう人は、ご自由にどうぞ、って俺は感じなんですけど。
俺の中では、そうゆう傲慢な映画は好きになれない。






■ ハイジン

それは好み?






■ ニクロ

 好みというよりはね、やっぱりね、映画の画面を観たら誰でもダメだと思うんですよ。
ブラット・ピットが最後にエドワード・ノートンに自分の正体を明かす、っていう所でも、○○の生徒が撮ったんじゃないか、っていうくらい照明が酷いじゃないですか。






■ 電脳BOY

そこまで(笑)






■ ニクロ

 吐き気がするような照明で、それを観た瞬間に冷めるんですよ。そうゆうのが時々入ってくると、観てる方も真剣に見れなくなって来て、遊びには付き合えないぞ、っていう気持ちになっちゃうんですよね。
だから、どうしてもね、一貫性というのがある程度必要なんですよ。
遊ぶなら遊ぶの一貫性で作って貰ったらエエんやけど、そうゆう本気めいたテーマを取り扱っていながら、でもまだ遊びでみんなに観て貰う為に、こうゆう撮り方で撮るんだぜ、というやり方がどうしても俺は小馬鹿にされてる気がしてね、腹立って観れないんですよ。






■ ハイジン

解りました。それでは、今日はココまでです。



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