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ブロークン・イングリッシュ




2009年9月14日 更新



あらすじ

ノラ・ワイルダー(パーカー・ポージー)。30代。独身。ニューヨーク在住。
マンハッタンにあるホテルのVIP対応として働いている。
母親のヴィヴィアン(シーナ・ロランズ)からはことある事に心配され、親友のオードリー(ドレア・ド・マッテオ)は自分が紹介した男性と結婚している。
男性と付き合おうとしてもなぜかうまくいかない・・・。

制作国 :アメリカ=日本=フランス合作
上映時間 :98分
日本公開日 :2008年12月13日
配給 :ファントムフィルム
監督・脚本 :ゾエ・カサヴェテス


出演者

パーカー・ポージー  メルビル・プポー  ジーナ・ローランズ  ドレア・ド・マッテオ








 余裕のある街だ。おれの京橋に対する第一印象だった。
地下鉄を出てまず見たのはそば屋の行列だった。有名な店なのだろうが、気取った店構えをしておらず、並んでいる客ものんびりと待っている。
ほとんどが一人で来ている客で、待っている時間さえも味を想像して楽しんでいるように見えた。
人通りは多からず少なからず、男女比は同じくらいで、年齢層も幅広い。きっと人が居つきやすい街なのだろう。
かといってレジャーに傾倒してるわけでも、超ビジネス街でもド田舎でもない。
平均的シティーを体現しているようなこの街に、おれはこの東京で妙な新鮮さを覚えていた。
歩いたのはほんの50M。「銀座テアトルシネマ」ビルを見つけ、エレベーターで3Fに着くやいなや、受付の人に「アポはありますか?」と聞かれた。
なぜ、映画を観るのにアポをとらにゃあいかんねん。不思議に思い、廊下の先を見る。
フロアの奥がゲージで仕切られている。
その隙間から長髪の業界人っぽい男がフラッシュに照らされているのが見えた。
周りには照明器具とスタッフがちらほら。いや〜な予感がした。
「あの、映画観にきたんですが」
受付のお姉さんはちょっと困惑した顔で言った。
「映画は5Fになりますけど」
どうやら著名人の写真撮影をしていたらしい。
そういえばさっきの人、テレビか何かで見たことある気がする。
いやあ、ちょっと恥ずかしかった。反省反省。
今度はちゃんと映画館に入れた。まず目に付いたのが女性の多さ。
場内の96,7%が女性なんじゃないだろうか。妙に気恥ずかしくなるおれ。
年齢層は10〜60代位までピンキリだ。これは相当なガーリームービー(女性向け映画)らしい。
映画に関してはあらすじを読んだだけ。正直それだけじゃ興味を引かなかったと思う今日の映画。
背中を押したのはなんといっても、監督。
いや正確には監督の父。アメリカインディペンデント映画の雄、ジョン・カサヴェテスその人だからだ。
世界中の監督が尊敬する大監督。その娘が映画を撮ったというのだからじっとしてはおれない。
学生時代の先生が大のカサヴェテスファンでよく話をした。
レオンの元になったといわれる映画「グロリア」を観て、おれも大好きな監督の一人になった。
剥き出しのリアルなニューヨークを映し出した巨匠の娘はそのフィルムに一体何を映し出すのか。

 結論から言おう。見終わっておれはバンザイをしたくなった。
面白かったから?感動したから?いや、違う。
実録シアターシネマを書き始めて、やっと出会えたからだ。
そう、『駄作』に。「面白くない映画」と「駄作」は別だ。
「面白くない映画」は観終わった後にもったいなさ、残念さが目立つ。
後者は根本的に映画としての柱がどこか欠けていて、それが資金力不足や反骨的前衛表現ではなく、単純に力量のなさからくるものだ。
デビュー作であろうとなかろうと関係ない。1800円払った客に最低同額分の満足感を与えるのは義務である。
西の魔女が死んだでさえ、その義務は果たしていると思う。
実録シアターシネマで新作を観るときに大事にしているのは、スタッフとあらすじ以外は予備知識仕入れずに見る映画を決めるという点だ。
そうすればなるべく趣向の違う映画をランダムに選べ、時には2時間を無駄にしたというような映画にもぶち当たる。
その時に、ただ怒って唾を吐くのではなく、ちゃんと分析してみようと思っている。
そして記念すべき『駄作』一作目がこの映画になった、というわけだ。
ストーリーは結婚適齢期を逃したノラという女性が、ことごとく男に逃げられ、男性不信に陥っている。
ある日、パーティで出会ったフランス人ジャスティンとデートを重ね、次第に彼を愛するようになる。しかし、彼は仕事でフランスに帰ってしまう。
一緒にフランスに来てというジャスティンの願いを一度は断ったものの、彼が諦めきれずフランスに向かうノラ。果たして二人の運命は?
OPは「アイズ・ワイド・シャット」みたいにスタイリッシュで好きだったんだけど、その後はテレビドラマを観ているような安直なストーリー。
偉大なる父の何を見て育ったのかという平凡さだった。
まず、ありとあらゆることが「偶然」で片付けられていることに呆れる。
ノラと相手の男性が街角を歩いていて、男性の元カノやノラの男友達に会うシーンがこの映画には多い。いや、多すぎる。
そしてそれがきっかけで破局、というパターンの繰り返し。
どんだけ〜世間は狭いんだ。全く都合のいい街である。
一番呆れたのはジャスティンと偶然電車の中で再会するシーン。
相手の電話番号も住所も知らないのに異国でたまたま同じ車両に乗り合わせる確立は何億分の一だろう。
それを恋愛映画のマジックなのよ、と言われると苦笑するしかない。
同じラブストーリー物のケン・ローチ監督の「ビフォア・サンセット」の繊細さを見習ってほしい。
こちらはたった一日だけの話をBGMなしで十分魅せつけられる。俳優も自然でずっといい。
こちらもキャスティングはかなり豪華でなかなかハマっているが、メイン相手になるジャスティン役の俳優があまり良くない。
映画のイメージだとシャレたフランス青年(ちょっとイタリア人っぽさも感じさせる)なのに、どこかイモっぽい。
ノラに道を譲る仕草なんか妙にぎこちなかったり、二枚目なのに役の印象があまり残ってなかったりする。
恋愛映画において、役者と言うのは下手すりゃ脚本より大事じゃないだろか。

「男性客、女性客を見習え!」

すいません。おれは女性は映画を観る時、男よりもデリカシーのないものだと思っていた。
大きい劇場に行くと、上映中携帯が鳴るのをよく見るのは女性(特におばさん)のイメージが強く、途中で席は立つし、香水がキツイ人もたまにいる。
でも「ブロークン・イングリッシュ」を観ている間、彼女達、身じろぎ一つしなかった。
笑うところでは笑って、シリアスなシーンは一丸となって見守っている。
おれは考えを改めました。
本当に観たいものを観るときは女性は本当に慎ましやかなのです。
ポップコーンを音を立ててほおばる若者よ(売るほうにも問題がある)。
前の席を何が嬉しいのかガンガン蹴る糞ガキよ、そして高田馬場の酒を飲んでいた糞ジジイよ、今一度態度を改めましょう。
駅の広告じゃないけど「家でやろう」、ね。
劇中に彼女たちが何を熱心に観ていたかというと、劇中のノラのファッションやアメリカンなライフスタイル。
日本料亭で食事したり(これは本当にニューヨークで流行ってるらしい)、ヨガをしたり、古い恋愛映画を見に行ったり、それだけでも1800円を払う価値は彼女らにはあるのかもしれない。
そうだとしたら、男のおれの今日の評論はちょいと的外れなのだろう。ううむ、ガーリームービーは奥が深い。














2009年1月7日 銀座テアトルシネマにて鑑賞


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