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リバーズ・エッジ






2009年10月31日 更新



あらすじ


あたし達の住んでる街には
河が流れていて
それはもう河口にほど近くて
広くゆっくりとよどみ、臭い
川原のある地上げたされたままの場所には
セイタカワダチソウが
おいしげっていて
よくネコの死骸が転がっていたりする




著者 :岡崎京子
発行 :宝島社
初版 :1994年6月20日 
初出 :月刊CUTIE1993年3月号〜1994年4月号連載

単行本 :全1巻












■ ニクロ

 初の少女漫画です。ただ読んで話そうってなると話しにくいタイプの作品ですよね。
筋はあるけどいくらでも深読みできるキーワードがたくさんがありすぎてふわふわしている。
ただ、一つのキーワードを念頭に置くと凄く分かりやすい作品なんです。それは「欲望」。
一般的な高校生の主人公ハルナ、彼氏の観音崎、いじめられっこの山田、その山田の彼女カンナ、女優志望のこずえ、メインはこの五人で彼らは欲望を持つもの、持たざるものに線引きが出来る。
セックスとヤクを求める観音崎とカンナの友達でありながら浮気するルミ、そしてどうしようもなく食べてしまうルミの姉、山田にもっと自分を見て欲しいカンナ。
彼らは欲望を持つ者。食欲、性欲、独占欲に満たされない人間。
持たざるものはゲイの山田と吐いてまで女優でありたいとするこずえ。
普通ではありえないかなり特殊な存在です。
そしてその中間にいるのがハルナ。ほどほどに食べてほどほどに観音崎とセックスして、家で何をしてるかといったらテレビを見るという漫然とした消費。
物語でハルナはこの二極を繋ぎとめる存在になっています。






■ ハイジン

確かに「欲望」は作品の象徴として出てくるんですね。
山田に対するカンナの目線とか観音崎がハルナの友達のルミに手を出すのは「性欲」、ルミのお姉さんがぶくぶく太っているのは「食欲」というように。






■ ニクロ

じゃあその「欲望」っていうのをひとつ局地的に見てみたいんだけど、この作品では「欲望」を象徴してるものがあるんです。
それは「火」。






■ 電脳BOY

火?






■ ニクロ

火は「欲望」の象徴になってて、ハルナもこずえもタバコを吸う。
作中のタバコを吸う人物っていうのはある程度「欲望」をコントロールできる人物として描かれている。
ゲイの山田は全く吸わない。これは欲望を持たざる者。最後に火に焼かれてしまうカンナというのは欲望の火に焼かれてしまった哀れな犠牲者となる。
で、ハルナがライターを渡すじゃないですか、こずえに。観音崎との関係がああなってしまって性欲がその時消えてしまってるんですね。






■ ハイジン

でも、これはその「欲望」を描きながら、それを欲しない主観で描かれているじゃないですか?






■ ニクロ

欲しない主観?






■ ハイジン

欲しないというか何もない、無、みたいな。






■ ニクロ

傍観してるような感じ?






■ ハイジン

そう、(カンナが)俯瞰しているような。
冒頭で「2000年に小惑星が月と激突して地球が滅びるというけど、何だか実感が涌かない」っていう。
「実感が涌かない」っていうのは「欲望」と対になる部分にあって、それが主観になってるんですよ。
そこに同じような感情を持つ山田がいて、カンナとデートしていても「何で僕はここにいるんだろう?」と。






■ ニクロ

カンナと水族館に行くところですよね。
あそこで泳いでいる魚っていうのもそうで、水族館が人間の都合で押し込めている凄く傲慢なモノなんですよね。
普段、山田は気持ち悪がってそういうところからは離れていく。
ただ、デートでたまたまそういうところに来て、「何で僕はここにいるんだろう」ってなってしまう。








死体と人間の境界線








■ ニクロ

 じゃあ山田にとってどこが心地いいのかといったら「死体」なんですよね。
これは作品の根幹にあたる部分なんだけど、なんで山田とこずえが度々死体を見に来るか。
これは作品に凄く機能しているポイントで、さっき言ったように二人は欲望を持たざる者なんです。
性欲のないゲイ、食べたいから吐いて戻して自分を保つ女優。そういうところにいるとあの二人でも無意識に不安になる。
「自分は空っぽなんじゃないか」「もともと自分たちはいないんじゃないか」という虚無感を持ってて、二人が見に行く死体というのは最も欲望を持たない形での肉体。
それを見て「まだ自分はここで生きてるんだ」と安心する。
その実感を得るために、あの死体を見に行くという行為はある。
だから燃え尽きたカンナを見て二人が喜ぶのは、欲望を持たざる人間になったのを見て親近感を持っているからなんですよ。






■ ハイジン

この作品の浮遊感というか、現実感のない空虚さっていうのは普遍性のあるものだと思う。






■ ニクロ

本当にそう。






■ ハイジン

前回やったリリイ・シュシュは同時代性という事を主軸に語ったんですけど、この作品は真逆で、そういうのとは相反するものになっている。
読んでてそれを突きつけられる所の一つに、作中でテレビの時事ネタをくどいくらい出す所。
「だいじょうぶだぁ」とか「キテレツ」とか「ドラゴンボール」とかね。
そういう時事ネタを見てると、普遍的なテーマでありながらこれがリアルタイムではないんだということを何故か、確認させられるんですよね。






■ ニクロ

 リリイ・シュシュのインターネットほど孤立したものでないにしても、テレビっていうのは割とそういう位置にあると思う。
当時の日本の「満たされてるんだけど、満たされてない」っていう状況。
お金は乞食するほど無いわけじゃなくて、まあ、ほどほどの娯楽にも事欠かない、一億総中流という時代にいて本当なら色んなこと出来て生きてる実感があるはずなのに、それがない。
戦後の日本の長く続いてきた性質ですよね。でも人間の普遍性として欲望は尽きない。
何で満たそうとそれは火と同じで燃え続けている。
その火を消すには死ぬしかない。残るのはカンナが象徴する焼死体。そういうものに山田とこずえは惹かれてたと思う。
死体を見てこずえは「ざまあみろ」と言う。笑ったりしてるけどみんな結局こうなるんだ、と。
欲望のままに生きてる人たちを見下してるんですよね。
 ただ山田やこずえが完全に持たざる側にはいれないっていうシーンがあって、ひとつは山田がおじさんと売春してるところ。
そのカットの後にこずえがピザを腹が膨れるまで食べている。
本当に欲望を持たざる者だったら、あそこはセーブできるはずなんです。
結局彼らもまた欲望に支配される人間で、あのシーンはそれを証明している。
この辺りすごく深くて、ホントはこんな風にわらわら語り合うものじゃなくもっと厳かで、言ってしまえば哲学なんですよ。








地雷だらけの平和








■ ニクロ

 作中で言われてる「平坦な戦場」っていうのは、常日頃から何か事件が起こるわけでもなく、それに向かって何かが進行している意識は登場人物にはない。
ただ「それは静かに進行している」。作品の描かれ方も随分これに依ってるんですね。
ストーリーがA→Bで、B→Cで、ね、分かるでしょ?というものでなく断片的に散りばめられてて、これはかなり正解なんじゃないかと思う。
「平坦な戦場」というのは満たされてる世界なんだけど満たされないっていう、みんな欲望を持ちながらいつ暴発してもおかしくないっていう危機が水面下でゆっくりと動いている。
でもみんなはハルナのように欲望を隠しながら生きているからそれに気付かない。
カンナが限界寸前のときに編み物をしてる場面で、絵柄としてカンナの顔はおかしくて。






■ 電脳BOY

イッちゃってる顔ですね(笑)






■ ニクロ

キチガイ顔なんですよ(笑) ただ、友達は「へーすごいねー」「いいなー」みたいなリアクションで、それは彼女らが隠しながら生きてるから。
だから誰か一人が欲望をさらけ出しても誰も気付かない、「平坦な戦場」となる。






■ ハイジン

作中の中に「私たちは喋ることによって隠してきた」というフレーズがあって。
欲しがらなくなること、それを象徴的に描いてる作品ですよね。






■ ニクロ

その主張を学校の中に閉じ込めてるから余計に伝わってくるんですよね。この物語は。






■ ハイジン

 クライマックスまで事件はないわけじゃないですか。
登場人物のステータスだけみるとドロドロの恋愛マンガになりそうなところがそうはならず、山田のゲイの話を掘り進めていくでもなく、そこにあるのはハルナの空虚さ。
それが作品全体を覆っている。








満たされない共犯者たち








■ ニクロ

この作品ではいくつか欲望にも種類があるわけですが、その中に「面白いものを見たい」っていうのもありますよね。
野次馬的な欲望が。






■ 電脳BOY

好奇心的な?






■ ニクロ

 そういう言い方も出来るけど、この作品の人たちって触れた情報を勝手に解釈するじゃないですか。
埋蔵金もそうだし、こずえに関する週刊誌の記事にを読んでクラスメートが「あの子も苦労したんだってね」と言う。
カンナはハルナがいなくなれば山田が自分しか見なくなるという身勝手な妄想を抱くようになる。ハルナを消す、という一番の近道。
この作品のその他大勢の脇役たちもそれに協力しているんですよね。悪意はないけど起こってしまう事件に。
山田が自分の分身くらいに思ってた死体が埋蔵金騒ぎで見つかりそうになって、初めて山田は手を出してカンナはショックを受ける。
でも、誰も埋蔵金なんてばかげた話を信じなければ、そんなことは起こらなかった。満たされない日常に面白いことがないから、そんなん聞いたんだったら面白いことにしようぜ、というノリでいっちゃう。
この話は主要登場人物が欲望に突っ走るだけの話でなく、実は全員協力してるんですよね。






■ ハイジン

何か起きないか?っていう変な希望ですよね。
ブルーハーツにも「英雄に憧れて」という歌の中で「こんな平和な世の中じゃかっこ悪いから」「宣戦布告手当たり次第」という歌詞があって。
戦争でも地震でもいいけど、それをみんなで待ってるような。






■ ニクロ

誰もが常に軽い好奇心と欲望を持ってるから、どこで事件が起きてもおかしくないんですね。








決別の、涙








■ ハイジン

あの死体は機能してたんですかね?






■ ニクロ

機能?






■ ハイジン

欲望を持たざる山田、こずえに対して。






■ ニクロ

これは今日の話の最後の核心で、「何故ラストでハルナは泣いたか?」っていうところだと思うんです。
単に感情が涌きあがって泣いた風に見えなくもないけど、俺は違うと思う。






■ ハイジン

それは人間同士の好き、という言葉に反応してじゃ駄目なんですか?






■ ニクロ

 その後には特に何もないわけだし、あそこを話のケツにしたっていうのは何かしら意味があると疑っていいと思うんです。
俺の考えだけど、事件の後で観音崎がハルナの引越しを手伝いに来ますよね。
ハルナはこのとき、観音崎と二度と会わないことを予感している。
観音崎がハルナに関心がなくなってるのはルミと浮気してたことや、そのルミの首を絞め殺した(と勘違いした)という「秘密」がハルナと別れたらスパッと切れるからやけど、ハルナ自身はあまり気にしてない。
ただ、そこで醒めちゃって今まで少なからず持ってた性欲というものが消えていく。
その虚無感に呆然としてると山田と会って「カンナは嫌いだった。ただ焼け死んだカンナは好き」と話を聞く。
「幽霊のカンナ」はそうでもない、と言う。欲望を持った生きてるカンナは大嫌い。幽霊のカンナは欲望はないけど、肉体のない空の形だからどちらともいえない。
黒焦げの死体は欲望を持たない、山田が一番好きな死体。
ハルナが凄く悲しそうな表情で「じゃあ、山田君は黒焦げになった人しか愛せないの?」と聞く。
すると山田は「僕は生きている若草さんは好きだよ。若草さんがいなくなって本当に寂しい」と言うんですね。
あれはハルナが元々持たざる側の人間でもないからいなくなってもなんとも思わないってことを隠そうともせずに言ってるんですね。
こずえも以前に欲望を持つ持たざるの中間にいるハルナをこっちに来れるんじゃないかと思って落とそうとする場面がある。
だけど観音崎とのむさぼるようなセックスを見て「ばっかみたい」と言っちゃう。
ハルナはもう私たちとは関係ないのよ、と言い切っちゃうんですね。
今まで山田と仲良くしてきたのに最後に冷酷にそんなことを突きつけられてしまう。
それがショックでやりきれなくてハルナは泣いてしまうんですね。それじゃ、時間がきたので今日はこの辺で。



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