陽炎坐




2009年11月30日 更新



あらすじ

1926年、東京。新派の劇作家である松崎(松田優作)は落とした付け文が縁で品子(大楠道代)と出会う。
その後も偶然による2度の出会いを重ね、2人は一夜を共にするが、その部屋がパトロンの玉脇(中村嘉葎雄)の部屋にそっくりであることに驚く。
やがて松崎は品子の「金沢で待つ」という手紙に誘い出されるが、品子は手紙を出した憶えはないという。
玉脇に品子との心中をしつこくそそのかされ、逃げ出した松崎はアナーキストの和田と知りあう。
不思議な祭り囃子に導かれて奇妙な芝居小屋・陽炎座に辿りつくが・・・。

制作国: 日本
上映時間: 139分
公開日 :1981年8月21日
配給: リトル・モア 日本ヘラルド映画
監督: 鈴木清順
脚本: 田中陽造


出演者

松田優作 大楠道代 加賀まり子 楠田枝里子
 大友柳太郎



 早稲田松竹。鈴木清順二本立て。総尺休憩含め5時間半。
日曜日。一体誰が観るのか。それがいるのである。
それも満員御礼の盛況ぶり。清順58歳の作品が30年のときを越え、いまだに映画館をいっぱいにする。
上映をいまかいまかと待ち受ける観客の表情。どの顔にも少しの緊張。鈴木清順を観る、という緊張。
映画が終わってそろそろと退場するときの、人々の美術館から出てきたような顔。
誰もすぐに口を開かない。
友達と来ている女の子も黙って出て行く。その静かなこと。
羽化する前のさなぎのように何も発せず、ただ、内側で熟成している。
甘い蜜に成り果てた昨今のハリウッド映画は、その香りゆえ人は呼ぶが、誰も味など覚えていない。
対して清順映画の酸っぱいこと。
辛いこと。ほろ苦いこと。本当に映画が好きな人はそうやって舌を肥やしている。
人生を芳醇にしている。映画とは世界一楽しい教科書であるとおれは信じている。

 いつもならここにあらすじを書いているが、今日は初めてそれを放棄しようと思う。
鈴木清順をストーリーを軸に語るということは無意味であり、まず不可能だからだ。
スタン・ブラッケージやルイス・ブニュエルを説明することも、あるいはデヴィット・リンチを持ち出してみてさえ映画解説は可能だろう(ここに寺山修司を加えるのは場違いだ。彼の作品は「物語」でなく「主張」だからである)。
しかし、赤い骨の行方を辿ることも、陽炎坐とは一体なんだったのか分析することも、中迫と青地の奥方との関係性も、めくら一座の意味するところも、書き記したところでまるで虚しい。
もしそれが監督の意図通りであったとしても、そんなことは知らないほうがましだ。
物語を分解した先にある真実は監督が墓の中まで持っていけばよろしい。
観客は2時間半の幻想をただ受け止めるのみだ。「答え」は要らない。

 陽炎座は前衛映画といってもいいほど、自由。筋ははっきりしているのだが、語り方が自由奔放なのだ。
夢と現実の中間を映像化しているので無理もないが、ツィゴイネルワイゼンに比べるとおとなしい(カットリズムの話で)作品なので気を抜くとついうとうとしてしまう。
上映の順番は「陽炎坐」が先でありながら、だんだんと眠くなり、ツィゴイネルワイゼンでパッチリ目が覚めたのは後者のほうがエネルギッシュだったからだ。
松田優作も奮闘振りを魅せてくれてはいるが、少し場違いな印象は最後まで拭えなかった。
それより中村嘉葎雄の紳士が良かった。
彼なしではツーランク下がったかもしれないこの幻想絵巻。実は映画の案内役もかねている。
書きたいことは山ほどあるのだが、秋刀魚の味同様、書くほどにイメージとはずれていっている気がする。
やはりこれも観てくれ、としかいえないタイプの映画だ。
おれは淀川さんの「陽炎坐」の評論も読んだが、それですら映画を観た後では虚しく、的の側面を撫でているだけのように思う。
だから今日はこれでペンを置く。いつかリベンジを夢見て、降参。

 最後に冒頭に戻るが、映画を観ている人はやっぱり得をしている。
これは見栄でも意地でもなく20本近くになってますますそう思った。
映画を観ることは人間を観ることであり、そのまま生活にも社会にも生かせるからだ。
まず、自分の考え・感覚を持つことが出来る。
それを上手に言葉に出来る。
そして、ただ言いっぱなしではなく言葉を引く謙虚さも持ち合わせている。
人の気持ちが理解でき、また理解してもらえるようになる。
なぜなら映画を観ると客観と主観を同時に鍛えられるからだ。
劇中の登場人物二人がお互いに知り得ないことを観客だけが知っている。
登場人物二人の主観を持ちながら、同時に第三者でもある我々。
この神のアングルは心を寛容にし、真のヒューマニズムが根付くようになる。
それはジョン・フォードだろうとヒッチッコックだろうとキューブリックだろうと鈴木清順だろうと同じことだ。














2009年1月25日 早稲田松竹にて鑑賞


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