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もののけ姫








あらすじ

中世の枠組みが崩れ始めた室町時代の日本。
エミシの末裔のアシタカは、人間への怒りと憎しみによってタタリ神と化した猪神に呪いをかけられ、それを解くために訪れた西の国で、数奇な運命に巻き込まれていく。
森を切り開いて、人のための豊かな土地を作り上げようとする、タタラ製鉄集団のエボシ御前は、鉄を打ちながら人間中心の社会を築き上げようとしていた。
一方、犬神に育てられた少女サンは、“もののけ姫”と恐れられ、森を守るため神々とともにタタラ集団と戦っていた。
双方とも「己が正義」と信じるこの争いに、さらに不老長寿の力があるというシシ神の首を狙う侍たちが絡み、三つ巴の戦いとなる・・・。



原作・脚本・監督: 宮崎駿
制作: スタジオジブリ
配給: 東宝
公開日: 1997年7月12日
上映時間: 133分











■ ハイジン

 それでは、次のもののけ姫なんですが。
これは、ちょっと前作からスパンが開くんですね。紅の豚から5年も。
それでいて、引退作になるかもと噂されていて、まあ、その辺の政治的な事情に関してはココでは触れないで行こうと思うんですけど。
興行面では、それまでの作品を軽く凌駕する、当時の映画興行記録を塗り替えるという、記憶的にも記録的にも残るヒットを飛ばしたもののけ姫なんですけど。
この作品は、リアルタイムで?






■ ニクロ

 俺は、そうですね。たぶん小学校5年生の時だったかな。
親と弟と、あと友達の親子と一緒に、映画館で観に行った作品で。
やっぱり、この親子で観に行くってのも、いわゆる宮崎駿の観客というモノを上手い事指してるんですよね。
本当に、親子で見れるという。宮崎映画の定番であって。
この作品も、もちろん観れるし、しかも観終わった後に、まあ、お勉強的な考える事も結構多いんで。
親としても、どんどん推薦して見せたいみたいな。ある意味、教科書みたいな感覚で勧められた感じではあったんですよ。






■ ハイジン

でも、どうなんですかね? この作品は子供が観ても理解出来るものだったんですかね?






■ ニクロ

俺ね、よく覚えてるんだけど、その日、観終わって、家に帰って来て、親父と風呂に入ったんですね。
そしたら、親父に「もののけ姫どうやったか?」って言われて、俺真っ先に「アシタカがカッコ良かった」って言ったんですよ。






■ ハイジン

(笑)






■ ニクロ

本当に、テーマは汲み取ってないんですけど、本当にそこだけなんですよね。
そこだけというわけでもないけど、上手く言葉に出来ない事はちょっと置いといて、アシタカのカッコ良さのカタルシスは凄いんですよね。






■ ハイジン

まあ、間違った見方はではないですからね。






■ ニクロ

 本当に、合ってるんですよ。コレは。
テーマの部分だけを見ろと言われたら、環境映画になっちゃうんで、この映画の場合。
だから、ちゃんとリアルタイムというか、当時、相当なアニメが出て来ている中で、それに拮抗するだけのアクション性があったんですよね。
時代劇みたいな。そうゆう所は、まず第一に評価したいんですよ。もののけ姫に対して。






■ ハイジン

作画の事なんですけど、紅の豚に関しては、空を優雅に飛び回るという、そうゆう疾走感はあったんですけど、もののけ姫に関しては、それとは別次元の、何か鬼気迫るような迫力はありましたね。






■ ニクロ

 もうね、美しいんですよね。淀川さんが本の中で言ってた事が、もののけ姫に関しては、(もののけ姫を見終わって)出てくる人々の顔が、美術館を出てくる人のような顔をしている、と言ってたんですよ。
コレは、かなり言い得て妙だなと思ったのが、絵が今までと全然違うんですよね。
正直、違う会社が作ったんじゃないのか、というくらい違う絵で、それだけで1800円払う価値があるくらいの映画なんですよ。
本当に、アニメーションを絵で魅せるという根本的な所と、アクションの繋ぎが物凄く冴えているんですよね。
アシタカが山神を撃って、呪いにかけられてしまうというあのファーストシーンでも結構、乗れてしまうんですよね。
 そして、そのまま呪いを解く為には、って、あの辺は本当、指輪物語的な凄い解りやすいプロットなんですよね。
呪いを持った主人公が、呪いを解きに行く、というRPGみたいな。






■ ハイジン

まあ、おつかい的な事ですからね。






■ ニクロ

 本当にそうなんですよ。あそこまでは、ハッキリ言って現代人ならノレる筈なんですよね。
あの面白さというのは。土地とか、神とか、そんな事はどうでもよく、単なるカタルシスでどんどんノッていけるような所があって。
ただ、アシタカが呪いによってパワーアップするというのも、中二病的な強さじゃないですか(笑)。
呪いでパワーが上がるという、諸刃の剣みたいな強さっていうのは。
ちょっと、下手なヤツがやると恥ずかしい事じゃないですか。
「クソ、俺の呪いが疼きやがる・・」みたいな感じで(笑)。
でも、その恥ずかしいカッコ良さみたいなのを、ジブリがやるから、みんなアレが全うなカッコ良さに思えたんですよね。
 俺がたぶん、親父に対して、アシタカカッコ良かった、って言ったのも、たぶんそうゆう事なんですよ。
本当に、バカなアニメがそうゆう事をやると、大人が見てて恥ずかしいんだけど、ジブリが真正面からそうゆう事をやってくれると、信用があるんで、これが普通にカッコ良いな、って事になっちゃうんですよね。








もののけ姫が描く正義








■ ニクロ

 アシタカは、自然と文明の狭間に居る第三者として現れるじゃないですか。
本当にこうゆう話は宮崎駿としては珍しいんですよね。
ナウシカに関しては、元々、オームを切りつけるモノに対しての正義の味方の位置にいて、完全にその世界の一部なんだけど、アシタカに関しては、完全に第三者として居て、これは完全に巻き込まれ型の主人公なんですね。






■ ハイジン

巻き込まれ型というか、自らスクリューに飛び込んでる気がするんですけどね。






■ ニクロ

飛び込んでみたんだけど、そこは自分が思っていたよりも、スゲートラブルが多いみたいな(笑)。






■ ハイジン

一応、起点としては腕の呪いを解く、という目的があるんですけど、途中からはすり替えじゃないですけど、どうにもアシタカがやりたい事は、呪いからは遠ざかっているというか。
もっと大きな問題に膨らんでいるんですよね。






■ ニクロ

まあ、それは完全に背景にいっちゃうんですよね。






■ ハイジン

主人公を青年にするというのは、ナウシカとは反対の構図になっていて、それでいて第三者として背景に介入していく、という構造も今までに無かったタイプですよね。
ナウシカ2みたいな触れ込みがかつてあったぐらいで、やっぱりアプローチというか、テーマ性はナウシカと一緒で、ただ、物語は全く違ったものだったんですよね。






■ ニクロ

 でも、やっぱり、今まではそこから(環境問題)離れたスタンスだったわけじゃないですか。
トトロだったり、魔女の宅急便だったりは。
で、長い期間を明けて、そこにまた立ち返るわけなんやけど、俺は、ちょっと、5年という月日がよくなかったと思うんですよね。
作品をダメにしてるとは言わないけど、あまりにも考え込まれてるというか。
完璧に描かれた自然と、完璧に描かれたプロットと、完璧に配置された登場人物、この完璧尽くしてやっちゃって、で、完璧なモノが出来たか、と言ったら、俺は結構、そうは思わなくて。
 むしろ今までよりも息苦しい作品になっちゃったんじゃないか、って気がどうしてもするんですよ。
今までのジブリに抱いていた、まるで新しい空気を吸い込むような、胸の高まりというものがないんですよね。
結構、閉塞感に向かっていって、自分達が元々、忘れていた臭いモノに目を向けなくちゃいけないような所があるんですよ。






■ ハイジン

この作品は、割と中立的な立場だと言われていますけれど、最後、結局どうしたかったのか、という事は疑問の一つにあるわけなんですね。






■ ニクロ

まあ、最後のサンのセリフの「アシタカは好きだ、でも、人間は好きにはなれない」という、あのセリフの居所の悪さですかね?






■ ハイジン

なんというか、上手い事共存して生きていく、という選択肢を与えてはいるんだけども、それを2時間ちょっとかけてやったにしては、イマイチ収まりが悪いというか。






■ ニクロ

 だから、作画が良すぎたんですよ。
どうもね、ああいうので、絵を専攻しちゃうと、そうゆう風になっちゃうってのはあるんですよ、どうしても。
だから、途中出てくる、首がカクッカクッと動くあの、マスコット的な、あの、そうゆうのを観て感じるしかない映画なんですよね。
森の木の感じとか。獅子神様が出てくる雰囲気とか。
割と壮大に描いていて、そこに説明は要らないんだけど、ただ、言いたい事は結構あるから、最後、そこに言いたい事が追いつかない、というような。
 絵でやろうとしているのに、最後の最後は、結局、言葉で伝えなくちゃいけないから、ああゆうサンの居所の悪い言葉になっちゃうというか。
どうにも、収められないモノになっちゃったと思うんですよね、中盤を過ぎた辺りから。






■ ハイジン

ナウシカとの対比というのはあっているんですかね?






■ ニクロ

対比・・・?






■ ハイジン

 ナウシカに関しては、正義正義している事で、収まったと思うんですけど。
そうゆう意味では、もののけ姫は同じ題材をテーマにしながらも、全く違った形で終わったわけじゃないですか。
視線は第三者のアシタカ目線で、甲乙つけずに終わるという意味で。






■ ニクロ

まあ、正義対正義になってるよね。いわゆる、女ボスの完全に暖かい所を見せてるからね。
で、しかも、そこにアシタカが共存している、という絵もあるからね。






■ ハイジン

だから、あの女ボスが居なくなったら、タタラ場の人たちも、同時に迷っちゃうわけなんですよね。
決して、それが悪として描いていないという所が、ナウシカとの決定的な違いになると思うわけですけど。






■ ニクロ

 まあ、ようは、タタラ場の人たちは俺たちですよね、結局。
で、自分達の生活を守る為に、戦っているしかないという。
ただ、個人の主張では、そうゆう事を大声で言えないから、一人率いてくれる人がいたら、「おお!やるぞ!」って、この、宗教じゃないけど、今の国民全部じゃないですか。
国のトップとか、自分達を統率してくれる人たちが言葉を発してくれて初めて国民が動けるみたいな、ある種、労働者階級の縮図みたいな所があって。
 だから、あそこの村人ってズルいと言えばズルいんですよね。自分達で考えて動かないから。
拳銃の訓練も、全部、指示されてやってるし。一人だったら、山から来たヤツと戦うのか、と言ったら決してそんな意志もないという。
凄く微妙な位置に居る村人なんですね。






■ ハイジン

 これは、紅の豚の時に話した事なんですけど、飛行船を作る人たちが全員女と。
そういったシーンはもののけ姫でも印象的にあるじゃないですか。
タタラ場の女達というのが。男よりも勝っている描かれ方をしていますし。
根底としての女の強さが、ココでも強く描かれていて。






■ ニクロ

前作、紅の豚でそうゆう事をしたから、ってのも結構、繋がりとして見えてくる事もあるけどね。








勧善懲悪が成り立たない時代








■ ハイジン

作画としてのレベルの高さを見せつけられた、ってのはあると思うんですけど、ストーリーに関しては疑問点を投げかけられる事が多い作品じゃないですか。






■ ニクロ

そうなんですか?






■ ハイジン

 まあ、ジブリをこうしてやっている中での、一つの分岐点だと思うんですよ。
これからもジブリを観続けるのか、という所での。
ようは、宮崎駿自身が、単純な善悪だけで物語を縛る事無く、中間地点を、第三の道を示した事によって、それまでとは気色の異なる作品になったと思うんですよね。






■ ニクロ

 ただ、これ以降もそうやけど、たぶん宮崎駿は、勧善懲悪は単純に成り立たないと思ったんじゃないですか。
作れるけど、作った所で、逆に人は観てくれないんじゃないか、っていう。
本当にそうゆうのを人は観たいのか、って考えたんじゃないでしょうか。
 だから、結構、俺は意図的に勧善懲悪の所をねじ負けて、どっちが正しくて、どっちが悪いのかわからない世の中に投げかけるスタイルにしてるとは思うんやけど、そこにプラス宮崎駿が今までの映画の中で一番描いた自然という、恐らく宮崎駿が幼少の頃に観てきた山とか川とか、そういった感覚ってのが一番出せる作品だと思ったんじゃないでしょうか。






■ ハイジン

俺はね、見終わって、疲れたな、って感想を持ったんですよね。






■ ニクロ

だから、ナウシカよりも固いんですよね、この話。ハッキリ言うと(笑)。






■ ハイジン

最初の方はいいんですけど、冒頭でアシタカが弓を射るってだけで、観ていて普通にワクワクするんですけど、中盤、後半以降になると、テンションがそこまで持続しないで、疲れてくるんですよね。






■ ニクロ

密度も濃いんですよね、絵の一個一個の。
だからね、、もののけ姫はスパンが空けすぎた為に、どうも考えすぎてる感じがするんですよね。






■ ハイジン

ナウシカを批判した上で、じゃあ、もののけ姫をどうやって見るのか、と言ったら、俺としてはあまりこの作品で何かを感じ事は出来ないんですよね。






■ ニクロ

 これはね、俺は、ナウシカほど嫌いになれないというか、なんでかと言うと、結構、感覚で観る映画だと思うんですよ。
物語とか、プロットとか、言葉ではなくて。木霊がフッと出て来て、消える感じとか。湖の水面が揺れる感じとか。
ああいうものを観てご馳走様と言うしかないっていうか。
そうゆう所に重きを置いてる映画なんで、単純にストーリーを追って行って、環境問題として考えるのであれば、どうしても点は下がるんですよ。
ただ、単純にそうゆう感覚だけで観た時には、結構点数高いんですよ、俺の中で。






■ ハイジン

 解りますよ、言いたい事は凄く。
そうゆう意味では、高い点数を付けられるんですけど、じゃあ、宮崎駿の主張は何処まで押し通してるのか、というか、この作品、テーマ性が濃い分、色んな解釈が出来ると思うんですけど、それを受けて側はどう受け止めたらいいのか、という所がイマイチ明確ではないんですよ。
どういったポジションの映画になるのか、といった所で、分析をするほどののりしろが無いというか、あまり気が進まないんですよね。






■ ニクロ

なんていうか、完全に1から10まで完結しているように見えるんだけど、残してる所は残していて、答えになってない所は、答えになってなくて。
でも、これで完結してるんだよな、という、なんか不思議な居心地ですよね。






■ ハイジン

やっぱり、物語論を語る上では、考えすぎた、っていうさっきも出たキーワードですけど、その辺が観ていて疲れてしまうんですよね。






■ ニクロ

 今回は、今までに比べて、芸術性がかなり高いんですよね。
何で、これだけ芸術性の高い映画が大ヒットしたかと考えると、娯楽と芸術の共存率が凄いんですね、この映画は。
冒頭とかのエンタメ的なアクションというか、観ていてワクワクするという、普通のアニメがやりそうなカッコイイ事を凄い絵で見せてくれるという、高揚感と、アシタカが森に立ち入った時の静かな感覚。
本当に破綻しないんですね、この二点に関しては。
普通、バーッとアクションをやった後に、森に入って森が凄い静かだと、ちょっと「んっ?」ってなるんですよ。
 今まで、そうゆう場面ではなかったのに、急に静かな場面になると、「んっ?」となるんですけど、本当に地続きというか、安定してるんですね、その二つが。
やっぱり、大ヒットした要因ってココじゃないかと思うんですよ。
ようは、芸術性を求める人も納得させられて、ただアクションが観たい、そうゆう人にも面白いし、それを観て「芸術ってこうゆうもんか」って、知ったかぶりになるにも気持ちいいんですよ。
だから、その二点に関しては全く破綻していないというのが凄いんですね。








もののけ姫の失敗








■ ハイジン

アシタカは何を目指していたのか、という事でちょっと話してみたいんですけど。






■ ニクロ

 そこは、最初の設定は呪いだけど、そこから、人間と自然とは共存は可能なのか、という命題にぶち当たって、最後、獅子神様に共同作業で顔を返して、あの後のね、女ボスが嫌なんだけど、最後、「仕方ねーか」みたいな顔をするやんか。凄いキラキラした顔で(笑)。
あの辺の、急に立ち返った感じが、ちょっと冷めるんですよね。
元々はエエ人やから、何処でそう転んでもわからん事はないんやけど、結構、急なんですね。
女ボスの心の変化というものが。全てが終わった後の。「また一からやり直しだ」みたいな(笑)。
 だから、結局、すごい広げた風呂敷袋が、結構、穴だらけのまま閉めた感じはあるんですね。
一応、絞まってはいるんですね、キュッと。しまってるんだけど、そのシコりというか、今までお前がガンガン言って、山のアレは撃て、殺してしまえと言っていたお前は、何処に行ったんだ、という所が穴になってるんですよ。






■ ハイジン

ようは、1から10までストーリーってものを、語る事は出来るけれども






■ ニクロ

いや、俺は欠陥だと思うんですよ。最後、女ボスがハッピーエンドチックな顔になっちゃったのは。
俺は、あそこだけは失敗だったと思ってるんですよ。ハッキリ言って。






■ ハイジン

じゃあ、これは、自然と人間社会は共存していく事は可能か、という問いに対して、お互いに譲歩して半々で終わる、そうゆう括りでの終わりで構わないんじゃないでしょうか?






■ ニクロ

 そうゆう括りというか、本当に、曖昧な所で終わってるというか、結局、言っちゃえばアシタカって存在が来なかったら、100%そんな結末は迎えていないわけで。
で、アシタカが現れたからこそ、サンが最後にそうゆう事を言うわけで、で、結局、何が変えたんだ? と言ったら、本当に、人間全員が何かをしてサンの心を変えたんじゃなくて、アシタカ一人の心が、アシタカという王子様みたいなヤツが急に来て、そいつが余りにもピュアだから、サンが変えられた、みたいな事になっちゃうじゃないですか。あの構図だと。
 で、それって考えると、ある意味、虚しいんですよね。
人間の底力で山を変えさせたってわけじゃなくて、本当にアシタカ個人の持つパワーと、サンと二人で勝手に首返して終わってる、みたいな。
底力がないんですよね、結局。人間全員が関わっている、っていう所の。
個人物語で終わっちゃってる、っていう所で。






■ ハイジン

獅子神様の首が取れてから、終盤に向ける展開の成り行きってのは、非常にクライマックスとしては目を見張るモノがあるんですけど、そこでのまとめた後といいますか、何が終わったのか? という部分が、疑問として残るんですね。






■ ニクロ

 だって、そこでさ、サンが山の下部分でウロウロしていて、村人が「見つけたぞー!」って言って、銃を構えてバーンッと撃ったら、また戦いが始まるわけやんか。
それって、本当に何も変わっていないというか、結局、そこで村人が変わったって描写もないし、じゃあ、誰がどう成長したんだ、って事を突き詰めると、アシタカとサンと女ボスだけで、女ボスが今後、どう変えていくかを発表せんまま終わるから、余計にモヤッとするんですよね。






■ ハイジン

サンも「人間は許せない」と言って、また山に戻って、アシタカは「タタラ場で生きていくぜ!」みたいな事を言ってるけども、さっき言った風呂敷袋をまとめてるようで、穴だらけというのは、しっくり来る解釈だと思うんですよね。






■ ニクロ

 結局、画専攻で行ったのが敗因だと思うんですよね。どうしても。
それ故の成功もあるけど、やっぱり、そこに食らいついていかない感じというか。
どうも、画の感覚だけで見せて、そこで一つの成功を得てる所がちょっと、作品自体の弱点じゃないか、って気がするんですよ。
あそこでもう、ヒットは約束されてるような画を描いてるから余計に、そうゆう所を感じちゃうんですよね。






■ ハイジン

考えすぎた結果、少しフィルムに収まり切れなかった部分が、多々出ちゃったって感じですかね?






■ ニクロ

うん、そんな感じはしますね。
今までの宮崎作品だったら、そこが一番大事だからと、凄い試行錯誤してた所が、とりあえず完成している画があるから、落ち着いちゃったって感じはするんですね。






■ ハイジン

その結果、11歳の少年には「アシタカがカッコ良かった」という感想を。






■ ニクロ

そうですね(笑)。






■ ハイジン

でも、その感想は間違ってないですからね。






■ ニクロ

子供が観たら、大体そうですよ。ハッキリ言って。
アレで、「山の関係が文明を・・・」とか、そんな高尚な子供も、まあ、おるんやろうけど、俺は、そんな子供では無かったんで(笑)。






■ ハイジン

大人になって、観直した事によって。これは、どうのこうのって問題でもないんですけどね、実は。
実は、おもちゃ箱を開けると、意外と何も無かったというような。






■ ニクロ

まあ、バトルモノとして観ると結構、いいんですけどね。






■ ハイジン

目線の向き方ではありますよね。






■ ニクロ

過度に期待過ぎると、ラストで肩透かし食らうような。






■ ハイジン

こうやって、一つストーリーを問い詰めるようなタイプではないですからね。






■ ニクロ

観た人は1から10まで全部解るからね、とりあえず。
まあ、でも、この完成されすぎた作品が、後の解り難い構成にしている作品に、繋がってる気がするんですよね。






■ ハイジン

環境問題も、黒白ハッキリと付ける事が出来ないという意味で、ある意味で答えを出しているのかもしれないですね。






■ ニクロ

そうゆう事ですね。






■ ハイジン

では、この辺で。



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