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天空の城ラピュタ








あらすじ

空に浮かぶ伝説の島、ラピュタを発見したものの、人々に信じてもらえないまま亡くなった父を持つ、見習い機械工のパズー。
彼はある日、空から落ちてきた少女シータと出会う。
彼女は胸に青く光る石のペンダントを身につけていた。
実は、彼女はラピュタの王位継承者であり、そのペンダントこそが空に浮かぶ力を持つ“飛行石”だったのだ。
ところが、二人はラピュタを捜索している国防軍に捕まってしまい、シータを残してパズーだけが釈放されることに。
彼は、同じく飛行石を手に入れようとしていた空中海賊ドーラ一味の協力を得て、シータを国防軍の手から救い出す。
そして、とうとう伝説の島ラピュタと遭遇することになるが……。


原作・監督・脚本 :宮崎駿
制作 :スタジオジブリ
配給 :東映
公開日 :1986年8月2日
上映時間 :124分













■ ハイジン

続いて、86年の「ラピュタ」なんですが、これはニクロは年号的には一つ変わるんですけど、一応、俺たちの産まれた年に公開という。






■ ニクロ

 そうやね。それを改めて知って驚くって事はあるよね。
金曜ロードショーでやってても、意外とそれがいつ公開したのかって事まで、目が回らないから、86年って知って「同い年かよ」っていう(笑)。
驚きというか、そうゆうものを当たり前に俺たちが受け取ってるという、この変な所があるんですよね、「ラピュタ」は。






■ ハイジン

 最初にも言ったんですけど、「ラピュタ」に関してはスペクタルモノの教科書通りの作りで、完全なるエンタメじゃないですか。
トロッコシーンなんかもね、今観ても手に汗握るというか、単純に面白いんですよね。
宮崎駿の過去の仕事で、「長靴を履いたネコ」ってあるじゃないですか。
あれも、完璧なスペクタルな作品で、物語が進むにつれて、どんどん塔の上へ上へと向かっていくんですね。
ラピュタも同じ構造の元で作られてるんですよ。
物語は地上から始まって、上へ上へと物語の加速度と共に主人公達を空へと誘っていって、「長靴を履いたネコ」のラストが塔の崩壊であるように、ラピュタでは天空そのものが崩壊して、地上で物語をシメると。
カタルシスの絶頂が塔のテッペン、つまりラピュタの上っていう、計算し尽くされた構造が、非常に心地いいんですよね。






■ ニクロ

 解るよ。起承転結という、当然のプロットの中で、クライマックスまでの高上感というものは、教科書ですからね、単に(笑)。
で、やっぱりね、キャラクターが生きているんですね。ナウシカに比べて。
いわゆる庶民を出したって所が大きいと思うんですよ。
オバさんにしろ、おやっさんにしろね、シータとパズーをかくまってくれたりするじゃないですか。
あの辺の町民的なかくまい方、すごい地に足を付けていて、行った事はないけれど、解るんですよ。その辺の雰囲気というものが。
この時、このオヤっさんは、こうゆう事言われたらこんな風になるんだろうな、っていう、イメージが沸くんですよ。
だから、その辺の人物設計が「ラピュタ」は凄くしっかりしていて、ナウシカには持ってなかったモノを持ってる気がするんですね。
 「ラピュタ」が終わった後でも、シータとパズーと、オヤっさんとか、空賊のオバさんとか、どうゆう風に生活しているのか想像したくなるんですよ。
その辺が、群像劇としてもかなり秀逸な作品だと思うんですよね。
最初は、飛行石を狙ってる敵なのに、そこから味方に変わる所のカタルシスが凄いんですよ。
「5分で支度しな」って(笑)。






■ ハイジン

だから、最初は飛行石を巡ってだったのが、シータ(お姫様)を助ける、宮崎駿お得意の(笑)。
カリオストロにも通ずる構図に。






■ ニクロ

でも、その流れがめっちゃ自然なんですよ。だから、ドーラも成長するんですよ。
これは、成長の物語なんですよ。ムスカ以外は(笑)。
その辺の人物の生き付いてる感じが、俺は凄い好きで、俺は宮崎駿の中では一番いいんですね。






■ ハイジン

解りますよ。お姫様を助けに行く、っていう構図は、古典的でありながらも一番解りやすい定石で、それをすんなりと物語の中に入れていってね。
全てが合致してるんですね。






■ ニクロ

 この作品ね、何が良いかと言えば、例えばナウシカ的なモノになると、初めからシータは飛行石を持っているんですよね。
で、飛行石が何かの力になるんですよ。力を持ってるヒロインって所から始まるんだけど、たまたまシータは飛行石を手に入れるんですね、冒頭で。
たまたま手に入れた飛行石から追われるって所が、観る目線として、楽しいんですよ。






■ ハイジン

あの、最初、シータが落ちて来る所で、パズーが受け止めるじゃないですか。
あそこで、パズーがシータをすんなりと受け止められない所がポイントなんですね。






■ ニクロ

そこ。そこですよ。






■ ハイジン

 ようは、シータを受け止めて、そこで落ちそうになる所がパズーの立ち位置を示しているんですよね。
記号的な話で言えば、降ってくる災難に対して、ひょいとこなすんじゃなくて、パズーは一人の男としては未熟者であり、シータという存在を受け止めつつも、まだ、足場は固まっていないという。
一人立ちしていない男が、どう成長をしていくか?(守っていくか?) という物語なんですよね。






■ ニクロ

 ユパ様ではないわけなんですよ(笑)。 未完成の二人が冒険をしている、って感じが一番いいんですよね。
だから、成長もするし。一歩間違えたら、ギャグキャラじゃないですか、パズーって(笑)。
床抜けたりだとか。だからね、あーゆう男が強くなっていくのは、男から観ても気持ちいいんですよね。
ただ、女の子に寄り添っただけの宮崎アニメじゃない、って所はあると思いますね。








空へと続くストーリー








■ ニクロ

 空にロマンを感じるじゃないですか、男の子って。まず、空から女の子が落ちて来る、というこの構図。
更に、ラピュタという空に繋がる構図があって。更に、空賊という空に繋がるキーワードがあって、「こりゃ空に行くしかねーだろ!」と思ってたら、本当に空に行くっていう(笑)。






■ ハイジン

空に空に向かっていく構造ですからね。






■ ニクロ

どんどん導いて行ってるからね。一度、地下に落ちるやんか? あそこもちゃんと考えられてるというか。
あそこで地底を出すってのは、一回一番下を出して、そこから最上であるラピュタに行く、っていう。
だから、物語と空間がちゃんと連絡してるなって気がしたんですね。
一番ロマンがある作品じゃないですか? 宮崎アニメの中で。






■ ハイジン

空っていうキーワードは宮崎駿は常に出していて、それを目指すってのがやっぱり。






■ ニクロ

 常にね。後の、魔女の宅急便紅の豚も空、空、なんですけど、でも、この空には勝てないなっていうね。
あとは、食べ物ですよねやっぱり(笑)。 あの、目玉焼きのチュルチュルっていう食べ方ね。
あの食い方をマネした人は、とんでもなく居ると思うんだけど。






■ ハイジン

次の話にはなるんですけど、トトロに出てくるキュウリの食い方もね。






■ ニクロ

 そうそうそう。俺も出身は田舎やからね、あーゆう川で冷やすってのはマネしたくなったという所もあるんやけど。
やっぱりね、余裕が出たんやろうね。カリオストロナウシカの頃に比べて。
ホントに、肩の力が抜けた、っていうか。








ラピュタは完璧な物語か?








■ ハイジン

ラピュタに裏切りってものは要らないじゃないですか。






■ ニクロ

ホントにね。






■ ハイジン

 どんでん返しみたいなモノを期待しない、というか。
駒通り進んでくれる事に対する快感があるじゃないですか。
ようは、定石通りに作っていって、最後はちゃんと終わらせてくれるっていう。
それでいて、ナウシカの時にあった、勧善懲悪に対する違和感が、ラピュタでは一切感じられないという。
勧善懲悪でいいんだよ、という安心ね。






■ ニクロ

 あと、ハウルにもある擬似家族の形成ってのがあると思うんですよね。
二人とも両親って居ないじゃないですか。で、ドーラ一味が仲間になって、目的がシータを助けるって事にシフトチェンジして、ラストに「オバサン!」って、ドーラにシータが抱きつくのって、完全にあれは親子の構図ですからね。
あそこで補完されちゃったんですよね。形成されるというか。
ようは、シータが一番悩んでたのは血の繋がりじゃないですか。自分がラピュタ家の末裔であって、ムスカとも繋がりがあるという事に関する血縁というものを、あのラストで完全に切っちゃうんですね。他人との繋がりによって。
 しかも、相手は空賊という社会的には認められない存在とで関係を作っちゃうという。
あそこでね、100点なんですよ(笑)。 もう言う事ないというか。そこすらもクリアしてしまう凄さがあるんですよ。
 ただ、悪いヤツが倒れて、ラピュタが崩壊してハッピーエンドじゃないんだ、っていう。
人間関係の補完までしちゃう、っていう凄さがね、もう・・・何処を、否定すればいいんだって思っちゃうくらい。






■ ハイジン

それは・・・(苦笑)。






■ ニクロ

いや、ホントにね、改めて喋りながら思うんですよ。






■ ハイジン

まあ、ラピュタって目線の先はパズーに設置しているけれど、話のキーマンはシータじゃないですか。
ようは、これってどちらを主人公にするのではなく、二人が錠と鍵の関係で、二人で主人公じゃないですか。






■ ニクロ

ホントにそうなんです。






■ ハイジン

 また、ナウシカを槍玉に挙げちゃうんですけど(笑)。
ナウシカってのは、ナウシカという大前提の主人公が居て、ナウシカの目線で、物語は進行していくんですけど、ナウシカってのは完全に成熟されている、完成された人間であって。
ナウシカでも同じ年齢くらいの男の子が途中、出てくるじゃないですか。
そこに、若干の温度差があるんですよね(笑)。






■ ニクロ

解る。解る(笑) 「こいつ、ダメだな」って比べると思っちゃうんですよね。
あいつも、実は結構凄いんですけどね(笑)。






■ ハイジン

その二人が手を組んで、どうのこうのって時にも、ナウシカはあまり乗り気に見えないというのが、見て取れるんですよね。






■ ニクロ

下手したら、「お前、足手まといだから要らない」(笑) にすら見えちゃうんですよ、あそこは。






■ ハイジン

ラピュタの場合だと、さっき言ったように、パズーがシータを空から降って来た時に、抱えきれないという所が、この映画の成功なんですよ。






■ ニクロ

不完全と、不完全が出会って、完全を目指すのではなく、安定を目指す作品ですからね、これは。






■ ハイジン

二つが成長に向かっていくというね。






■ ニクロ

 ナウシカはね、完全なんですよね、人として。で、シータとパズーは完全は求めていなくて、完全を求めているのがムスカなんですね。
不完全な二人がお互いを支えあって、成長していくって所の、物語ってのは俺はナウシカよりも、ずっと成熟していると思うんですけどね。遥かに。
ホントはね、二人に両親が居ないって事は、もっと強調されるべきなんですよ。ようは、バックボーン的な所で。
本当は影を背負ってるんですよ。パズーにしても、シータにしても。
シータは特にそんな感じがするんだけど、意外と語られないという。
 やっぱり、そこを深めていっちゃうと、どうしても作品の色が違うというか、ナウシカよりというか、神経症な感じになっちゃうから、
だから、あの辺で止めてたとのも丁度いいし。
やっぱり、どこを取ってもいいなラピュタは(笑)






■ ハイジン

貶す所はないですか?






■ ニクロ

考えてたんだけどね・・・・・。まあ、ドーラが優しくなりすぎる所は、どうかな、と思ったけどね。
ちょっとね、無理な話でもないんだけどね。あの辺は、子分達のバカさに上手い事、カバーされているというか。






■ ハイジン

あの、ドーラ一味に関しては、紅の豚に通ずるモノがあるじゃないですか。
ようは、殺さないみたいな所で。






■ ニクロ

そうそう、ちゃんとルールがあるというかね。






■ ハイジン

世界観で言えば、ムスカとドーラ一味とでは、こっち側と向こう側ってのでしっかりと別けられていますからね。






■ ニクロ

 ムスカの悪に対する変なコンプレックスがないのがいいんですよね。
悪は悪というベタ張りというか(笑) 黒で塗って、ちょんと、白を付けたりしないというか。
ムスカは倒すべき悪っていう構図は最後まで変わらないからね。






■ ハイジン

 ただ、この作品全体を覆うカタルシスみたいなモノが、思い出装置として今でも機能しているという事が、批判として取れる場所かもと、俺は思うんですけどね。






■ ニクロ

だから、蛇足がないんですよね、物語に。蛇足もないし、何処を変えてもいけないという。






■ ハイジン

定石が最強なわけじゃないですか。「上へ上へと導くストーリー」「さらわれたお姫さま」「倒すべき絶対悪」これをポンポンポンと、並べられたら、動物になるしかないじゃないですか。
「欲しい、欲しい」って。






■ ニクロ

だから、映画監督としてやらなきゃいけない事は、ラピュタで終わっちゃってんじゃねーか、というぐらい(笑)






■ ハイジン

だから、人を動物にする思い出装置を作った宮崎駿が、この次どうするのか?
ってのがポイントだと思うんですよね。






■ ニクロ

確かにね、ラピュタを作った後が、トトロってのは結構、頷けるというか繋がってるんだな、ってのは感じますね。






■ ハイジン

それでは、ラピュタはこの辺で。



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